朝食の話
ルキの朝は早い。同じ部屋で眠っているあれこれを起こさないようそっと寝床から抜け出し、自分の布団を整える。顔を洗い、手を洗い、軽く身を清めてから着替え、外に出る支度も整える。
居候しているマンションから外に出て少し歩けば、神社の石段が見えて来る。それなりに長い石段であり、日によってはここの昇り降りをトレーニングに使う者もいるが、今日は来ていないらしく、ひっそりとしていた。
ルキは、石段の周囲に人がいないことを確認してから、とん、とん、と石段を二息程で駆け――否、跳び上がる。『半人』の肉体能力を四分の一程開放すれば、容易いことだ。
「おはようございます、本日もよろしくお願い致します」
無論、そのまま境内に跳び込むような真似はしない。ルキは鳥居の前で立ち止まり、深々と一礼して声をかける。その声に応えるかのように、ぱしゃり、と池で鯉が跳ねる音を聞いてから境内に足を踏み入れた。
ルキが仕えているのは、この界隈では最も大きな水之登神社だ。だがしかし、その大きさに反して仕えている人数は少ない。故に、ルキの朝は誰よりも早く、またその仕事も多い。
まだ日も昇らぬ内から境内を掃き清め、社務所を開く準備をして、行事がある時はその準備をして……と言うのが、ルキの日課だ。それらが終わって時間に余裕があれば、参拝者からは見えにくい場所にある小さな家に向かい、朝食を用意する。
この家は代々神社の神職が寝起きし、暮らして来た家である。現在も使われており、今日は――。
「……まだ寝てますね」
この神社唯一の正式な神職である陵と、彼を気に入り四六時中張り憑いている蛇神こと『酒英』が一緒の布団で寝ていた。一見、巨大な蛇に絡みつかれて呑みこまれようとしている人間の図である。ルキは彼らを起こさないよう襖を閉め、台所に向かった。
ご飯を炊き、卵を焼き――ルキは甘めの玉子焼きが好きだが、朝は出汁巻き玉子と決めている――、作り置きの煮物を小鉢に取り分ける。味噌汁の具は、と冷蔵庫や戸棚を漁り、無難にわかめを選び取った。
着々と作り上げている間に、蛇神の方が先に起きたらしい。寝ていた時と比べると随分小さい姿で、にょろりにょろりと這い進んで来る。
「半熟玉子の味噌汁が良い……」
「出汁巻き玉子と被るからダメです」
「この間テレビで一日三個くらい食べても良いって……」
「じゃあ晩ご飯の時にしますから。今夜の当番の人に言ってください」
寝惚けたようなもにょりとした声で告げられる蛇神の望みをばっさりと切り捨てるルキ。蛇神はまたにょろりにょろりと這い進み、台所の入口近くにかけられた当番表を見上げた。
「夜の当番、陵じゃん。急にリクエストして陵にワガママって思われたらどうしよう……」
「味噌汁の具のリクエストくらいじゃ思われませんよ」
「絶対?」
「『カミ』サマ相手に言質取られたくないんで多分って返しますね」
「ルキは本当に可愛くなくなったなぁ……」
ぬろぬろと身を捩る蛇神の前に、小皿に乗せた出汁巻き玉子を置く。蛇神は少し首を傾げた後、大口を開けて食らいついた。
「ん、美味しい……卵は良い……」
「食べた後は陵さん起こして来てください。そろそろ出来上がります」
空になった小皿を残して這い去る蛇神を見送ったルキは、四人分作った朝食の内、一人分を漆塗りの膳に乗せた。こぼさないようそっと持ち上げ、そのまま外に向かう。そして、神社内の池の前まで来たルキは、静々と膳を置いて頭を下げた。
「どうぞ、お召し上がりください」
その声が消えるや否や――一際大きく美しい錦鯉が、池から跳ね上がる。この神社の祭神である『龍神様』が再び池に潜った音を聞いてから、ルキは頭を上げて台所に戻った。
「あ、おはようございます」
と、そこで起こされて来た陵と顔を合わせ、蕾が綻ぶように笑う。他愛ない話をしながら残り三人分の朝食を運び、ルキ、陵、『酒英』と卓袱台を囲んで、
「では――いただきます!」
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