OcculTrigger

とりい とうか

初詣の話

 初詣、とは言うが実際の所その準備やら何やらは随分前から始まっている。境内の清掃、授与する御守の用意、注連縄も飾らなければならないし、祭神へ祝詞を捧げることも欠かせない。大きな神社ではその多忙を極める様子がテレビで放映されることもあるが――ニュースにならずとも、この水之登(みずのと)神社とてその多忙さは同じである。

 その身に流れる血の半分が鬼のものであるが故に、水之登神社の禰宜(ねぎ)である百々目鬼(どどめき)ルキは平然と三徹をこなし、四日目であり元旦の昼日中である今は参拝客に振る舞う甘酒を用意している。本来ならこの神利の宮司である中御門陵(なかみかど りょう)と二人でこなす予定だったか、想定外の助っ人の登場によりやや余裕が出来ている。


「向こうに運ぶぞ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 派手な金髪を三角巾の下に隠し、さも神職ですと言わんばかりの顔で作業を手伝っているのは神田文(かんだ ふみ)。文はつい先日、この神社の枝宮に坐す『カミ』に命を拾われた。その恩返しにと手伝いを申し出て来たのだが、ルキが思っていた以上に手際が良い。


「こっちはやっておくから、社務所の方に行けよ」

「ですが、一人でやるのは大変なのでは?」

「甘酒注いで渡すくらいなら大丈夫だって。そっちに用があるって言われたら向こうにいるって返しとけばいいだろ?」


 社務所の方が手が要りそうだ、と文が指差した通り社務所では陵が目を回しそうになっている。御守を返しに来た人、授かりに来た人、明らかに一人では捌き切れない人、人、人。ルキは文に向かって申し訳なさそうに頭を下げ、社務所の方へと駆けて行った。

 それを見送った文は、ルキから引き継いだ甘酒の振る舞いを始める。紙コップに柄杓半量、ガスコンロの弱火にかけている鍋から注ぎ入れては手渡していく。ふわふわと甘い匂いか漂う中、話しかけられればそれなりににこやかに応じつつ――


「やぁ、あけましておめでとう」

「どうも」

「しっかり恩を返してくれているようで結構なことだね、って言いに来たたけだよ。そんなに身構えなくても呑み込んだりしないからさ」


 参拝客の中に紛れるようにか、普段は艶やかな朱色をしている髪がくすんだ赤茶と化している。甘酒を注いでいる文の横に座ったのは、水之登神社の枝宮に坐す一柱、蛇神の『酒英』が人に化けたもの。人懐こい笑みを浮かべて、文の手が空くのを待っている。


「まだ忙しいからゆっくり話は出来そうにないっすけど」

「待つのは得意なんだ、一杯もらってゆっくり待たせてもらうよ」

「どうぞ」


 文から手渡された甘酒のコップを両手で包み、ほうと息を吐く『酒英』。途端、辺りに華やかな酒精の芳香が広がった。


「米麹の方かぁ。格が上がってから、何だかお米か好きになっててさぁ」

「なら良かったじゃないっすか」

「酒粕の方も好きと言えば好きなんだけど、振る舞うなら麹の方が皆が飲めて良いよねぇ」


 ちびりちびりと甘酒を飲み始めた『酒英』を横目に、鍋の中身を掻き混ぜる文。それきり酒英が大人しくなったのを見て、文もまたほうと白い息を吐いた。

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