第7話 得た力
俺はゆっくりと目を開ける。熱ぼったいアスファルトの地面が頬から伝わってくる。
意識がハッキリしてくるとまだ二斬と別れた地面にいたことがわかった。
二斬のことだ。きっとあの化け物のところへと向かって行ったんだろう。
いくら二斬が常人以上の身体能力をしていたってあの化け物相手じゃどうなるかわからない。
たとえ足手まといだとしても俺はあんな顔をしていた二斬をそのままにしておくわけにはいかない。
俺は地面に手を付けて痛みが走るだろう体を覚悟して起き上がろうとする。
その時、ふと正面からフワリと匂いが漂ってきた。この匂いは香水だろうか。甘ったるい感じがせず、透明感のある爽やかな匂いだ。
その匂いがする正面を向けるとどこかの外国にありそうなカーキー色の軍服を着て、髪留めで止めたブロンドの前髪と軍服と合わせたような帽子。
そして、口元にたばこを咥えた女性がタイトスカートでもお構いなしに目の前でしゃがんでいた。
「どうだ少年、気分は?」
「え、エロいです.......」
目の前に広がっている見えそうで見えない
俺は思わず目の前の光景に感想を漏らすとその女性は笑い始めた。
「ははは、そっちの感想とはな! 普通に"体の調子"で聞いただけなんだが、そっちで返されるとは思わなかった」
「え.......ああ、すいませんした!」
俺は飛び跳ねるように上半身を起こすとそのまま後ろへと下がっていくように後ずさりする。
その女性は「いやいや、今のは私にも分がある」と言って笑って許してくれるとその場で立ち上がった。
それにしても、改めて女性のスタイルを見ると実に見事なものであった。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるパーフェクトなスタイル。
とはいえ、何ゆえの軍服だろうか。今日という日は実におかしいことばかりが起こる。二斬はいつもと感じが違うし、化け物には遭遇するし、軍服の謎の女性には出会う。
「その調子だと良さそうだな。ほら、確認してみろ。自分の体を」
「え?.......あっ!」
俺はそこでようやく気付いた。明らかに動ける体ではなかったにもかかわらず、俺の意思で体が正常に動いていることに。
腕や肩を回しても背中から激痛を感じることはない。背中を触っても傷跡らしきものは感じないし、体温ももとに戻っている感じだ。
熱ぼったい夜風が俺と女性の間を通り抜ける。風の音がやけにハッキリと聞こえる。それに俺の視界もおかしい。やたら遠くまでハッキリ見える。
俺の視力はさほど悪くなかったが、さすがにここから30メートル先にある道路標識がハッキリ見えるほどではない。これは一体........。
「それは"アストラル"による体の進化だ」
「あすとらる......?」
俺は女性が唐突に投げかけた言葉にオウム返しで反応する。まるで俺の疑問が見透かされていたようなタイミングだ。
女性はタバコを右手に持ってその場でしゃがみ、絵をかき始めた。え? あ、あれ? タバコってそんなアスファルトに白い線を引けるものでしたっけ?
「少年よ、そんなココアシガレットを見てないでもっと書いている絵を見ろ。少なくとも私はまだ19だからタバコは吸わん」
「ココア.......あ、ほんとだって19!?」
俺はもういろんな意味で驚きがたくさんであった。目の前にいる女性があまりにも自然にタバコを咥えているからタバコだと思ったら全然違うし、このスタイルと醸し出される大人の色気でまさか2歳年上だったとは.......
そんなことを思っているうちに女性は抽象的な人型とその心臓あたりにあるハートを描くとしゃべりだす。
「
女性はチョークを描いたハートに当てる。
「本来なら『アストラル』は人間では犯しようのない不可侵領域だ。そこに干渉できるのは各々が持つアストラルだけで、そしてアストラルとは本来人間が無意識に操っているものだ」
「けど、さっき『アストラルによる体の進化』だって.......」
「ああ、言ったな。私
「あれが.......」
俺と女性は地面に転がっている一本の空の注射器と二つの割れた注射器を見つめながら、話を進める。
「あの中身に入っていたのは"Astral release liquid"『アストラル解放液』の略称で長いのでARリキッドと呼んでいるが、まあそこは良いだろう。そして、それを体内に入れると人間では自力で解放することはほとんどないと言われる、いわゆる潜在能力が解放されるんだ」
「ということは、俺にもその潜在能力が解放されたということですか?」
「そういうことになるな。そして、それは体に様々な効果を与えてくれる。身体能力の強化から、聴覚や視覚などの五感の強化、それから自然治癒力の強化」
「......なる、ほど。俺は自然治癒で背中の傷を回復させたんですね」
「理解が早くて助かる。ただし、それはあくまで自然治癒だ。少年が失った血の復活量は増えるが、少なからずまだ動いていい状態ではないなろう。加えて、体の調子が悪くなればそれだけ自然治癒や免疫に関しても低下するのは道理だ」
「でも、動けるんですね!」
俺はその言葉を聞いて思わず嬉しくなった。これで二斬のもとへと行けることがわかったから。なんだかそう聞くと力が漲って来るような気がするし。
女性には「そこは人の話を聞かないんだな」と笑われてしまっているが、俺は別に笑われたって構わない。これで二斬を助けに行ける。
すると、女性は飽きれ気味の顔で俺に告げる。
「言っておくが、本来その力は特別な訓練課程を終えた人に対して配給されるもので、今回盗まれてしまったのはあまりにもずさんだったが、少年が使えるような代物ではない。それにその力を違法で所持していたり、行使していると
女性は圧をかけるように鋭い目つきで俺を見た。その目を、姿を見た瞬間、思わず口に溜まった唾をのどに流し込む音がハッキリ聞こえた。
なぜなら――――――先ほどまで見えなかった女性から溢れ出る白いオーラがハッキリと見えるからだ。
正直、俺の人生の中でオーラという言葉を自分がアニメや漫画の技名以外で使う日が来るのかと思っていたが、よもやこんなところで来てしまうとは。
しかし、そのことがまさに一番ふさわしい言葉だった。
女性の姿は怖い。強大なオーラであの化け物より化け物に見えてしまう。けど、だけど! 俺は泣いている女の子を目の前で見ておきながら助けられない方がもっと怖い!
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。助けられる人がいて、その人を助けに行かないってのは.......男じゃねぇよな!
俺は僅かに震える手を握るとその場で立ち上がる。そして、女性にも負けない目で見つめ返した。
「言っておくが、俺はたとえ犯罪者になろうとも引く気はありませんよ」
「.......ククク、はははは!」
「?」
「いや、すまんすまん。試すような真似をしてしまって。だが、このままでは君は犯罪者になってしまう。はてさて、どうしたものか。おっと、こんなところに予備の書類があるではないか!」
女性は恥じらいもなく三文芝居をすると軍服のポケットから一枚の紙を取り出した。そして、その紙の内容を確認していく。
すると、何もせずにその紙を折り目に沿ってたたんでいくとポケットにしまう。
「ごほん.......いや、すまんすまん。試すようなことをしてしまって」
なかったことにした。
「あの、急いでるんですけど」
「ああ、分かっている。今回は特別だ。見逃してやる。だから、最後にこれだけは聞いておけ」
女性はほくそ笑んで俺に告げた。
「アストラルは感情によって左右される。つまり、少年の助けたいという気持ちが自身の能力を決め、少年に絶大なる力を与えていく」
「.......」
「二斬結衣を助けたいか?」
「はい!」
「ならばゆけ! お前の力が望むままに!」
そう叫ぶと女性はある一点を指さした。方角的に北西。ということは、その方向が化け物が逃げ、二斬が追った咆哮ということになる。
俺はすぐに走り出した。そして、地面を蹴った瞬間―――――――バチッと紫電が走った。
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