第3話

当然、全て夢でしたというオチはなかった。そもそも左手を失ったときの激痛は間違いなく本物だった。結局、また見慣れない天井を見る羽目になった。


「・・・喉が渇いたな」


不安感を紛らわせるために独り言に頼る。思えば昨日強烈な吐き気に襲われて吐いた後から、何も口に入れていない。意識すると余計に水が欲しくなる。ベッドから降りてあの老人を探す。すっかり外は明るく、平屋である家の中を見回せたが老人の姿は何処にもない。


「外かな?」


ふと一瞬あの化け物の姿がフラッシュバックし、取っ手にかけた手が止まる。しかし、あの化け物は離れているから大丈夫だと自分に言い聞かせて外に出る。遠目にあの化け物が見えて恐怖と共に安心感を得る。周りは草原で空気がおいしいと感じられた。


「ご老人、いませんか?」


たとえ言葉は通じずとも音としてなら認識できる。案の定左から老人の声が聞こえた。家の横に回ってみると、老人が畑仕事をしていた。その作業を中断し、こちらに来てくれる。一旦家の中に入ると桶を持ってすぐに出てきた。そして僕の手を引っ張って、家の近くの井戸まで案内してくれた。老人の服装を見たり、目の前に井戸があることから、大体ここの文化レベルが想像できる。化け物がいたことから地球じゃないことは確定として、それならば地球に帰れるのか、という懸念が浮かぶ。この世界の文化レベルではロケットを期待することなど出来ないし、地球への未練を捨てるべきか迷う。地球での記憶がまるで昨日のことかの様に鮮明に思い浮かぶ。両親は実の子供よりも研究をとった。小学校の授業参観に両親は来ず、それでいじめられた。先生は相談に乗ってくれなかった。中学校は、勝っちゃんがいじめっ子から守ってくれた。高校もそうだった。思えば地球での思い出は勝っちゃんだけだ。だから地球への未練を捨てることは出来なかった。


(勝っちゃん、元気にしてるかな・・・)


そんなことを思うが、だが現実問題として今はこの世界で生き抜くことが最優先である。ここには化け物がいる。地球とは違うのだ。今一度決意を新たにし、老人の代わりに桶を持ち家に帰る。家に着くと老人が僕に水の入ったコップを渡してきて、一瞬言葉が通じたのかと思ったが、僕が喉が渇いたといったとき老人は家にはいなかったことを思い出し、これが老人の気遣いだと知った。


「ありがとうございます」


言葉は通じずとも感謝の言葉は忘れない。思い返せばこの老人に助けられてばかりだ。この老人がいなかったら今頃自分はこの世にいなかっただろう。そう思い深々と頭を下げる。顔を上げた時、老人がほんの少し微笑んでいた気がした。その後老人キッチンの様なところにたつと、変な紋様のかかれた箱から食材を取り出し始めた。常温保存で腐ってないのかと疑問に思ったが食材は無事なようだ。そして老人は食材を切り始めた。手伝おうかと思ったが、椅子の方を指さされた。ふと先ほど水を汲んできた桶を見ると、下に沈殿物があり、表面の水は綺麗に透き通っていた。


(なんでだろう)


その新たに浮かんだ疑問は次の瞬間には消し飛んでいた。老人の声が聞こえてキッチンに目を向けると、僕の目の前で火が生まれた。この世界の文化レベルでコンロなどあるはずもなく、呆気にとられる。訳の分からないことだらけで思考が追い付かず、とりあえず目の前の老人が作ってくれた料理を食べる。肉と野菜を焼いただけのような料理と、硬そうなパン。それだけなのに何故か美味しくて涙が出た。

______

バステル焼き

「バステルは農業に使えて、移動にも使えて、食べても美味しい、そんな素晴らしい家畜です。バステルの肉は何もいじらずに焼くだけで美味しくいただけます。え?バステル食べ飽きた?安いんだからいいじゃない!」

                             パテンの料理大全

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