第十六話 馬具屋の店主

 賑やかな市場を抜けて、落ち着いた雰囲気の店が並ぶ通りを歩く。国境に近い町は、外国の商品を扱う店も多い。時折、貴族と思われる男性が従僕も付けずに歩いている。


「貴族も買い物に来るんですね」

「ああ、この町は特に変わった品物を扱う店が多いからな。王都でも買えない物もある」

「だから辺境なのに人が多いんですね」


 クレイグが向かう方向から馬と動物の革の匂いがしてきた。

「ん?」

「お? 匂うか? 俺は全然わからん」

「少し匂うだけですよ。馬と動物の革でしょうか」

 この国で飼われている馬は余り匂いのしない種類で、餌にも気を使っているのか悪臭にはなりにくく干し草のような匂いが強い。どちらかというと動物の革の方が悪臭と言えるかもしれない。


「馬具を扱う店だ」

 クレイグが開けてくれた扉から入ると土間が広がっていて、職人たちが作業をしていた。

 店の天井は高く、様々な革が吊るされているのはありがちな光景。驚いたのは、正面の壁がないこと。そのまま日光が降り注ぐ中庭に繋がっていて、さらに奥の作業場が見える。


「驚いたか? 店構えは偽物ってことだ」

 この店を始めた頃には周囲に店も何もなかった。ところが店や家が建ち始め、道から作業場が丸見えだと景観が悪いと言われて、隠すために建物の前面だけを作ったということらしい。


「後から来た方が文句を言うっておかしくないですか?」

「ま、理不尽でも声が大きい方が勝つのは昔からだしな。立ち退きにならないだけマシだったんじゃないか?」

 クレイグは職人と軽い挨拶を交わしながら、店の奥へと進んでいく。中央に水場が作られた中庭を抜け、さらに奥の作業場へ。


「おお、クレイグ! 久しぶりだな! お前が女連れとは驚いたぜ」

 作業の手を止めて大声を上げたのは、クレイグと同じ歳くらいの茶色の髪に緑の瞳の男。シャツにズボン。茶色の革で出来たエプロンのポケットには、工具が入っている。


「つい最近も一緒に飲んだだろ? 何が久しぶりだ」

 クレイグが笑いながら男と拳をぶつけて挨拶をする。

「俺はカーティス。この店の店主だ、よろしくな」

 大きな口が印象的で、明るい笑顔が素敵だ。握手を求めて差し出された手に手を伸ばすと、クレイグがカーティスの手を叩き落した。


「え?」

 差し出したままの私の手を、クレイグが掴む。

「カーティス、手も洗わずに握手するな」

 言われてみれば、カーティスの手は汚れている。働いている最中なのだから仕方ないと言いかけると、カーティスが大声で笑い出した。


「ク、クレイグが…………お、おもしれぇ」

 げらげらとお腹を抱えて笑うカーティスの肩を、口をへの字にしたクレイグが叩く。

「馬具の注文に来た」

「お? この前誂えたばかりだろ? 何か不具合あったか?」

 商品のことになると、カーティスの表情が変わる。真剣な表情は明るく笑う時とは違って凛々しい。これが職人の顔なのだろう。自分の作った品に自信を持ち、不具合はすぐに改善しなければという意気が感じられる。


「いや。新しい注文だ。二人乗りのくらが欲しい」

「二人乗り? ……まさか……」

 カーティスが噴き出して、また笑い出す。クレイグがカーティスの首に腕を回して、店の奥へと連れて行き、何か話し始めた。


 独り取り残されてしまったので、改めて店内を見回す。よくよく見ると、一軒の店を真ん中で切って離したような建物の作り。中庭の丸い水場はタイルが敷き詰められ、革が浸されている。どこからか水が引かれているのか、濁ることもなく澄んでいる。


 色とりどり、何十枚もの革があちこちに掛けられ、作業台ではナイフで革が切られて縫われている。独特な革の匂いは気にならない。 


 突然やってきた私たちのやり取りを笑って見ていた職人たちは作業に戻り、その手が止まることはない。物を作る真剣な眼差しが素敵だと思う。


「じゃあ、寸法を測らせてもらおうか」

 戻って来たカーティスが、巻き尺を手にして笑う。洗ったからと綺麗になった手を見せる。


「誰の寸法ですか?」

「もちろん、君」

 何のためなのか説明されないまま、採寸が始まった。

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