第八話 淡い青緑色の服

 鏡の前に立つといつもとは全く違う私がいた。淡い青緑色が顔色を良く見せている気がする。侍女として働く為に汚れの目立たない濃い色の服ばかりを選んでいたから、この色は着たことがなかった。


 膨らんだ袖にたっぷりと布が使われたスカート。普通、これだけの量が使われていれば重いはずなのに、薄くて上質な布は軽い。


 もう着る機会もないだろうと、鏡を覗き込む。店員が服に合わせた羽織物や装飾品を薦めてくれるので言われるままに着けてみると、貴婦人とまではいかないものの上品で可愛らしい印象になっている。


「いいんじゃないか? よし、今日は一日そのままな」

「え?」

「似合ってるんだからいいだろ?」


 断るべきだと心では思う。期間限定でもこんなに高価な服を与えられても返せるものがない。そう思いながらも、この服を着ていたいという願望が止められない。流されてもいいのだろうか。不安になってクレイグの顔を見ても意地悪な笑顔が返ってくるだけで。


「ほら。他の着替えも選んどけよ。俺の部屋に届けてもらうから」

 さらりと告げられた言葉で、迷いが吹っ切れた。これは私の物ではなくてクレイグの物。それなら、クレイグの好みを聞くべきか。


 青緑のワンピースを着たまま、他の服を選ぶ。

「素敵な物がありすぎて、決められません。どれがいいと思いますか?」

「候補は?」

「えーっと。これとこれとこれ……でしょうか」

 青と茶色、深緑色。華美な装飾はなくても、控えめなフリルや縫い付けられたリボンが可愛らしい上下のセット。


「じゃあ、この色かな。……俺の目の色だし」

「な、な、な、何を言ってるのですか!?」

 さらりと呟かれた言葉が、胸の鼓動を高鳴らせる。クレイグの目の色と言われて、そういえば綺麗な青色だったと改めて顔を見てしまう。恋人でも何でもないのに瞳の色に合わせるなんて、自分はクレイグの物だと認めるようで受け入れがたい。


「冗談だ。どれ選んでもいいぞ」

 理解した。これはワザと私をからかっている。わかっていて言っているのなら意地が悪い。

「こっちにします」

 青は除外と決めて茶色の上下を選ぶ。これなら侍女としても働けるだろう。


 店の中、ありとあらゆる所に吊るされた既製品を見ていると、本当に便利だと思う。これまでは絵で見て注文したり、見本を見て決めるのが常識だった。同じ形の服でも縫う職人の腕によって出来が左右されるから、当たり外れもある。こうして既に出来上がっている服の寸法が合えば、そのまま買うことができるというのは画期的。


「待たなくていいというのは便利ですね」

「そうだな。服ってのは注文して届くまでの期待を楽しむものだっていうが、俺みたいなせっかちなヤツには丁度いい」

 それは誰の言葉なのだろう。恋人がいるのだろうか。聞いてみようかと思っても、恋人がいると言われたら冗談でも抱き枕なんて務めることはできない。薬の代金をお金で払うとなれば、貯金を全部出しても足りる訳がない。


 給金の殆どは貯めてきた。三年前までは、いつ侯爵家が潰れるかわからなかったから。今は老後に備える為。香油や石けんを作ること以外に大した趣味もなく、侯爵家の使用人は老齢な方ばかりで一緒に出掛けることもなかった。


 今までは出会いすらなかった私が、突然様々な段階を跳び越えて騎士の抱き枕になることになったのは、何の運命の悪戯なのか。……私が酔い潰れることなく、普通に出会っていたら……そこまで考えて、頭を振る。


 私に手を出さなかったという時点で、私と結婚するつもりはないと諦めた方がいい。弄ばれなかっただけでも運が良かった。


「俺もついでに注文しとくかな」

 クレイグが採寸の為に衝立の中に入り、椅子に座った私の目の前には見本帳が広げられた。下着からドレスまで、いろんな絵が描かれている。きっとこんな絵は二度と見れない。じっくりと見ているとクレイグが出てきた。


「待たせたな」

「大丈夫です。素敵な絵を見ていました」

 十分堪能した。見本帳を閉じて立ち上がる。


「よし、次は靴屋だ」

「え? あ、あの? 魔道具屋は……」

「まだ昼前だ。開いてないだろ」

 意地悪な笑顔のクレイグに引きずられるようにして、私は仕立て屋を後にした。

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