5話 剣or魔法
「づがれだ……」
私は顔を机に突っ伏して目の前の赤毛の女性とため息をついた。
「寝かしつけに二時間かかったわね……なかなか寝ないんだもん……」
「それでも今日は早かった方ですよぉ。サクラさんがいて下さったおかげですぅ」
「そうかなぁ」
まぁ、思ったよりもゴブリンの子ども達が素直で関わりやすくて助かった。
もっと訳が分からない事を言ったりしたりするのかと心配だったが、身体能力が桁違いなだけで内面はニンゲンの子どもと大きく変わらない印象を受けた。
「今日はずっと室内だったけど、外には出ちゃいけないの?」
私は今日一日疑問だった事を口にした。あんなに体力を持て余した子ども達、外で遊ばせた方がよっぽど楽だと思うが。
そんな疑問にロンドは苦笑いをしながら答える。
「あの子達、村には基本出入り禁止なんですぅ……」
「えっ…」
「『不滅の灯』の中でも、別種族と組むのに反対だったり怖がってる人もいてぇ…あっ、で、でも、人目のつかない所とかは行ってもいい事にはなってるんですよぉ。一度、他の『不滅の灯』のメンバーと一緒に外へ連れ出した事もあるんですぅ、ただ、出た瞬間走ってあちこちに行って迷子になって大変だったんでぇ……それから私も外に出すのが怖くってぇ…。入口の鍵が開いてると勝手に出てっちゃうので、施錠は忘れずお願いしますぅ……」
なるほど、それで内鍵が。もちろん私が働いた保育園にも各部屋ついていた。
なぜか施錠されている間は扉に近づかないのに、うっかりかけ忘れている時に限って扉を開けて出て行くのだ、子どもって。これは保育園あるあるだろうか。
「毎日室内じゃさすがに気が滅入るだろうし、ストレス溜まって尚更暴れるんじゃないかな。今日の梁によじ登ってたのもあるし、アルクとイオーラ手伝ってもらって、どこかのタイミングで外に出してあげたいな」
「だったらぁ、今週は私もまだ引き継ぎでいられるので、一緒に外に連れ出しましょうかぁ……昼間なら皆忙しくしてると思うのでぇ出かけても文句は言われませんよぉ」
「うん、そうしよっ!」
二人で今後の予定をなんとなく立てていく。
元の世界で働いていた時、同期はいなかったし後輩は皆辞めてしまっていて、同年代の同僚とこんな風に保育について話し合ったことは無かった。大体が人員不足で一人で決めるか、先輩の押し付けに従うか、園長の独断に振り回されるかだ……それに比べれば……。
「……今はちょっと……」
「? サクラさぁん、どうしましたぁ?」
「な、なんでもない! あ、あと私、一日の流れも大まかに決めれたらいいなって思ってっ、出来ればロンドがまだ一緒に見てくれる間に調整したいなってっ」
「わかりましたぁ、私でよければ一緒に考えましょぉ~」
――こんな所に連れてこられて迷惑なはずなのに、どうして「楽しい」なんて思うんだろう。
つい小さく口に出してしまった自分が恥ずかしいやら照れ臭いやらで、慌ててごまかしてしまった。幸いにもロンドは書き物に夢中で聞いていなかったらしく、はにかみながら紙に向かってくれている。
まだ一日目だし、そのうちきっと嫌になるに決まってる。そう自分に言い聞かせ、私もスケジュール作りに取り掛かろうとする。
「よぉ、やってんな」
「リーダー! おかえりなさぁい」
「あ、おかえり」
その時礼拝堂の扉が開いて、偵察に行っていたドンが入ってきた。くたびれた私とロンドの姿を見て「初日から洗礼を受けたようだな?」と口にする。
「あそこから危うく転落事故だったんだよね……ロンドの魔法で助かったよ」
「あいつらが転落くらいで大怪我する事はないだろうが、そりゃぁお疲れさんだったな」
梁を指して本日のヒヤリハットを報告すると、ドンは口を押えて「ククッ」と短く笑った。
その話題で思い出したのか、ロンドは軽く胸の前で手を合わせ、
「そういえばぁ、サクラさんの“才能”についてなんですが……リーダーはご存じですかぁ?」
と質問した。振られたドンはわざとらしく考えるような表情を作った。私の勘では、彼は聞かれなければ答えるつもりが無かったのだと思う。その理由は分からないが……単に面倒臭かったのか、他にも理由があるのか。
「剣か魔法かどっちにしたかってことか?」
「わかんないの?」
「いや、すぐに分かる。剣か魔法かの判別方法は簡単だ。ホレ」
そう言うと、ドンは腰に携えている剣を私に手渡した。
「へ?」
「鞘から出して振るってみな。上手く振れれば剣、出来なければ消去法で魔法のはずだ」
「そ、そんな単純な判別方法ある!?」
「つべこべ言わずやってみろって」
「う……」
ごねてはみたものの、私は中学から剣道道場へ通っていたため、なんとなく自分が扱うなら魔法より剣ではないかと予想していた。七歳差の刀次に負けてからはすっぱりと辞めてしまったが。
私は一度外へ出て、近くに人がいない事を確認する。ドンとロンドには少し離れた所で見守って貰う事にした。
右足を前に出し、左手でまず柄を握る。その後右手を添えて剣を正面に構えた。
「フゥ」と呼吸をして剣を振りかぶりながら左足を出し、素早く右足を前に出すのと同時に、剣を左上から斜め右下に向かって切るように腕を大きく動か――――す事は出来なかった。
突如先ほどまで剣を構えていたはずの腕が鉛のように重くなり、立っている事もできなくなる。剣はガランガランと音を立てて地面に打ち付けられた。
「なに、これ……」
「ふむ、じゃぁやっぱ魔法か?」
「剣が振れなくなるってこういう事……?」
「そうだ。日常生活で包丁や小さなナイフを使う分には制限がないらしいが、今みたいに構えたらアウト。咄嗟に襲われた時とかに不便だよな。……さて、魔法ってわかればあとは契約書に書いてあるかな?」
ドンはそう呟くとおもむろに胸元のアクセサリーを取り出す。丸い青い石がついているネックレスの様だった。その石を親指で押すと、何もなかったはずの左手に私が見せてもらった例の書類の束が現れた。
「何それ便利っ」
「契約書は俺たちの命と同等だからな。こういう魔法具で身につけてる奴は多いぞ。サクラの分のコピーも入れて渡そうか?」
「えっ、いいの? ありがとう」
「――さて、と」
ドンはペラペラと書類の一枚一枚を念入りに確認していく。そしてそのうちの一枚を取り出し、「あったぞ」と私に渡してくる。
ドンが作成した業務委託契約書に比べるとやけにシンプルな書面だ。
「えっと、何々……『魔法使用許可申請書 志村桜子殿』…あ、下に使用許可証が添付されてるね、こっちか。……『魔法使用許可証 詳細:召喚魔法 ただし召喚する対象は別途契約が必要な事とする。召喚許可申請書を使用する』……つまり?」
意味がよく分からないながらに文章を読み上げると、目の前の二人は目を丸くさせて「えっ」と声を揃えた。
特にロンドはやたら興奮した面持ちで「しょ、召喚魔法ですかぁ!?」と私に詰め寄る。困る事でもないのでロンドにも魔法使用許可証を見せる。
「召喚魔法を使える人は初めて見ましたぁ……サクラさん凄いですぅ」
「そうなの? レアなのこれ」
「そうだな、俺も初めて見た。恐らくは召喚妖精と同じような系列の魔法だろうな。しかし、召喚に双方納得の上で契約が必要という事だから、今のところ仲間内じゃないと厳しいな。許可証を本人に書いて貰わないといけないと言う事は、物なんかは無理って事だな……ま、何にせよちょっと試しにやってみろよ。召喚許可申請書のコピーも取ったし」
ブツブツ呟き始めたと思ったら、いつの間にかドンの手元には先ほどの申請書のコピーがある。「こいつを使えばいつでも書類の類がコピー出来て便利なんだ」と何やら小型のアイテムをちらつかせていて非常に気にはなるのだが、問題はそこじゃぁない。
止める間もなく彼は、さらさらと自分の名前を書いて血判を捺印し、私に渡してくる。
「ど、どうしろと……?」
「大体この世界の魔法使いが書類関係を魔法に使用する場合は、自分の影に食わすんだ。やってみろ。俺はちょっと離れた所にいるから。ロンドはアドバイスしてやれよ」
そう言うとドンは、サッサとどこかへ走って行ってしまう。
半信半疑ながらも、私は促されるまま召喚許可申請書を教会からの灯りで生み出されている自身の影の上に置いた。すると、突如大きな口と思わしきものが影に浮かび上がり、むしゃむしゃと書類を“食べて”しまった。食べ終わるとその口は消え、何の変哲もないただの影に戻る。
その直後、私の立っている周囲の地面が金色に輝き出した。
「うえっ、ど、どうしたらいいの!?」
「サクラさぁん、イメージですよぉイメージ! 自分の運びたいところへリーダーを出すんですぅ」
「い、イメージってったって…」
ドンを私の近くに召喚? する……シルクハットから鳩を出すような感じだろうか? タネも仕掛けもありません、みたいな事だろうか? ……全く分からない。
昔からあまり創造力の豊かさには縁の無い私は、“何もない所から人を召喚する”というイメージが湧いてこない。アニメや漫画に触れる機会も少ない子ども時代だったし。
しかし、その時ふと、中学生の頃友達の家で少しだけ触ったゲームの事を思い出す。「落ち物系」だと言っていたが、初心者の私はボコボコにされて後は画面を眺めているだけだったのだ。
「何も無い所から、“モノ”が落ちてくるイメージならいけるかも……」
「えぇっ、落ちてくるんですかぁ…?」
「しっ! 自分でも分からないんだから静かにしてて!」
「は、はいぃ~」
頭を守るように両手でカバーするロンドをなんとか意識の端に追いやり、私はそのイメージを続ける。
そう、私たちの頭上から……契約を交わした誰かが、落ちてくる……、いや、降ってくる!
「来い!」
気の利いた掛け声なんて出てくるはずがない。
脳内に出来上がったイメージと共に雑な呼び声を上げると、足元にあった金色の光は宙に浮かび上がり、ドンの形を作り出した。そして、その形が次第に彼そのものになったかと思うと、イメージ通り間違いなく、私の頭上から、――――降ってきた。
「きゃー!!」
「うおおぉっ」
私は間一髪の所で落下するドンを避ける。落下したドンは、いつの間にか現れていたロンドの魔法による巨大な葉っぱのクッションで無事だ。「落ちてくるイメージ」という言葉を聞き、慌てて用意してくれたらしい。
本日二件目のヒヤリハットだ。何故どちらも転落なのか。
「なるほど、こういう感じか……」
「ご、ごめん……」
「なんで上からにした? 出来れば足は地面についた状態で召喚するよう直していって欲しい所だな……?」
「分かった……そうす、る……あれ……?」
ドンを避けた時に尻もちをついたため起き上がろうとしたのだが、急に景色が揺れ始める。もちろん立つことは出来ないし、座っている事もままならず、私は両手を地面についた。そして胃から何かがこみ上げてくるような感覚と共に胸がむかむかしてくる。何というか、安酒で悪酔いした時と似ている。
「気持ち悪い……」
「はあぁぁ~! 多分魔力酔いだと思いますうぅ……そのうち慣れると思うので耐えて下さいぃぃ……」
「練習していけばな。毎日、な」
「冗談と言って……」
私がすぐに立てそうに無いため、二人にベッドまで運んでもらう。「おやすみなさぁい」というロンドの声が遠くに聞こえる。ぐるんぐるんと回り続ける世界の中、長い長い今日と言う日を思った。
何もかもが目新しい事ばかりで、ひたすら疲れた一日だった。
しかし、一つの思考が私の脳内を踊っている。
――昨日は隙があれば帰ろうなんて思ったけど、あの子達見てたらもう少し頑張りたい……でも、私に一体、何が出来るんだろう――……と。
気分の悪さから逃げるように、目を閉じる。
布団に沈み込む体、次第に遠くなる意識、それらに逆う事はせず私は深い眠りにつくのだった。
ちなみに余談ではあるが、その日は全く睡眠時間が確保出来なかった事をお伝えする。
私が倒れてベッドに運ばれたのが夜の十時頃。
その後十二時にキルンの夜泣きで叩き起こされた。
オムツを変えて水を少し飲ませ、ゆらゆらと抱っこをし寝かしつけ、一時間後にベッドに戻ってきてもう一度目を閉じた。
しかし今度はカントが怖い夢でも見たのか、絶叫と共に飛び起きる。その影響でエルが泣き、オルレリが目を覚まして「お腹がすいた」と言い出した。やっと全員が眠って静かになり、力尽きた私がキルンと添い寝をしていると、明け方三時頃にウルヒムが私を起こして「トイレ」と口にした。トイレの引率の後に少しまた眠ったが、五時にはすっきりと目が覚めた三つ子が私に一緒に遊べとせがんで来たので起きざるをえなかった。
ロンドは朝まで爆睡だったらしい。
眠い。
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