聖音、思索に耽る

私は記憶を失ってから、宮藤さん以外の人と会ったことがない。

私にとっては宮藤さんが生きる全てであり、私の生活は宮藤さんを軸にしていた。

朝一番に「おはよう」と声を掛けるのは私であり、夜寝る直前に「おやすみなさい」と言葉を交わすのも私であった。

……つまり何が言いたいかというと、宮藤さんに対し独占欲なるものを抱き始めたのである。

果たして、自分の常識を相手に押し付けるのは、非常識だろうか?




朝食は、ロールケーキだった。

食卓に着き、困惑しつつロールケーキを眺めていると、宮藤さんから説明された。

今日は客人がいるから、との事。

対面に座る、金髪の人物おねーさんに目を遣ると、甘い物は苦手なのか箸の進み……もといフォークの進みが遅い。それとも、朝からクリームは重いのだろうか。

対し、私は朝からクリームもいけるタイプの人種なので、寧ろいつもと違う朝食に気分が高揚する。

早々に手を合わし、ロールケーキを口に運ぶ。

うーん甘い。紅茶が欲しくなる甘さだ。しかし、そんな洒落た物が出てくる訳もなく、コップに注がれてるのは普段通り麦茶だった。

「宮藤さん、紅茶ってある?」

「すまん、ない」

「……そっか」

ダメもとで聞いてみただけなので、やっぱりなと思う。

あれ、そういえば、この家に来てから麦茶しか飲んでないかもしれない。地味に、偏食なるぬ偏飲が続いていたのか。地味にショックだ。

まぁ水よりかはマシだと思い直し、ロールケーキをぱくついていると、

「聖音ちゃんは、紅茶が好きなんだ」

突然、金髪おねーさんに話し掛けられた。

「はい」

脳内には、『気安く名前を呼ぶな』と『はい』という二つの選択肢が出てきたので、当たり障りない方を選んだ。

でも、ギャルゲーとかだと奇抜な答えを言った方が進展するかもだ。主に、仲の悪さとか。

試しに、

「あの、気安く名前で呼ばないでください」

私としては、かなり攻めた台詞だったと思う。今後、私は面倒臭いやつだとレッテルを貼られ、極力関わってこなくなるだろう。それに加え、家に私がいる可能性が浮上し、一気に来づらくなる。半分以上が後付けだが、割と良かった返答かもだ。しかし、

「ごめんごめん。それじゃあ、何て呼べばいい?」

自ずとこの問題が発生するわけで……僅かに頭痛が生じる。

頭の回転を早くする為、対局中にショートケーキを食べる棋士の如く、ロールケーキを口に運んでみた。が、あまり効果を実感しない。新陳代謝というのが遅いからだろうか。

名前が駄目だと言った手前、やっぱり名字かな。でも、宮藤って呼ばれるのも何か違うし。

年上から『さん』付けはムズ痒いし。

あだ名はもっと違うし……。

……散々悩み抜いた結果、

「やっぱ聖音でいいです……」

結局、一人相撲で終わるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る