家主のいない家

宮藤さんが出掛けてから何分、或いは何時間経ったのだろう。昨日来たばかりだから、時計がどこにあるかなんて知る由もない。少なくとも、リビングとダイニングが併設された、この謎空間には存在しなかった。

そもそも、この家に時計はあるのだろうか。宮藤さんは、そういうとこ無頓着っぽいし。携帯で事足りる人種なのかも。

「あー暇だー」

宮藤さんは、好きにくつろいで良いなんて言ってたけど、当然くつろげるわけがなく。

取り敢えず、目に付いたソファに座ってみた。想像より、ふかふかする。

私はこういう時、どうやって暇を潰していたのだろう。

記憶を失ってなかったらどうしていただろう。

宮藤さんと家族、どちらを選んでいたのだろう。

記憶が無い私にはわからないや。

……少し自分のこと、考えてみる。

もしかすると私は、家出してないのでは?財布だけ持って行くか、ふつー。

買い物に出掛けただけかもしれない。

そもそも、私が記憶喪失になること自体、変な話だ。自分自身の記憶だけ、すっぽり無くなってる。

頭殴られたー、でもないだろう。痛まないし。

…………あー、もういいや。考えてもわからない。

思考をやめると、大体いつも宮藤さんの顔が浮かんでくる。まぁ宮藤さん以外知らないのだから、当然といえば当然なのだけど。

宮藤さんは、女性にしては凛々しい面様。長い栗色の髪は地毛だろうか、染めてるのだろうか。出るとこ出てる、おとなのじょせーって感じだ。

年齢は多分、ニ十を過ぎてる。言動はもう少し歳いってそうだけど、肌がスベスベだからそう判断した。当然、触ったことはないのだけど。

今は大学生だろうか。それとも社会人?

私が、宮藤さんについて知ってることは、あまりに少ない。

出来れば、もっと宮藤さんの事を知りたいな。趣味とか、好きなものとか。

一応、唯一の同居人だし。今の私にとっては、家族みたいな人だし。

……そんなことを考える自分が無性に恥ずかしくって、近くにあったクッションに顔を埋めた。宮藤さんの匂いがする。

記憶を失ったからなのか、性格が未だ定まらない。ツンにもデレにもなれそうだ。

「しばらくは、ツン路線で行こう。いや路線ってなんだ路線って」

自分の発言にツッコミをいれる。限りなく滑稽な状況。決意も鈍る。

すると突然、ガチャリと玄関の扉が開く。宮藤さんが帰って来たようだ。

その時、一瞬。ほんの一瞬だけ。嬉しくてデレてしまった。

顔を慌てて引き締める。

私は犬か、飼い主を待つ忠犬なのか。


どうやら、有言実行とは、いかないみたい。

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