罪名は?
双方とも茶を飲み終わり、静かな空気が漂う。
「お願いがあります」
長い沈黙を破ったのは、その言葉だった。
「話とはなんだ、会ったばかりの私に何の話だ?」
「私をここに住まわせて」
「……君は家出をしてきたのか?」
「多分」
「煮え切らない返事だ」
「私、記憶が無いの。あるのはこの財布だけ」
「は?」
記憶が無い?今、記憶が無いと言ったのか少女は?
彼女の落ち着いた態度から、記憶喪失とは微塵も考慮していなかった。
「ならばプラン変更だな。今から警察に行こう」
「行ってもいいよ。宮藤さんが捕まりたいのなら」
明るくも、冷徹さを感じる彼女の声は、冗談には聞こえない。
「これは心外だな。私は罪など犯していない」
「でも、未成年者を無理やり家に連れ込む、これは立派な犯罪でしょ?」
「違う。私は道で倒れている君を助ける為に、已む無く家に連れて来ただけだ」
「そうだろうね」
少女は目を閉じ、澄まし顔で答える。
「ならなぜ私が!」
焦りで荒いでしまった声すらも遮られ、
「警察に話したら、私と貴方の言い分どちらが筋が通る?私は、しらばっくれて泣けばいいんだよ。となると罪名は」
彼女は一呼吸置いて、底意地の悪い笑みをする。
「誘拐ですよ、宮藤さん」
彼女の言葉を脳内で反芻する。これには動揺を隠せない。
そんな私を嘲笑うかのように、彼女の目がすっと細められる。
記憶喪失に陥っているのに、僅かな時間で状況を好転させる頭脳、冷静さ。
もう、どうすることもできない。そんな気がする。
……自慢じゃないが、私は諦めの良い方だ。彼女の言う通りにしよう。
それに彼女との生活をどこか楽しみにしている、そんな自分がいる。それは紛れもない事実のように感じた。
「そうか。なら明日は日用品の買い物に行こう。ところで今から夕食の支度をする。食べるか?」
「え……。うん、食べる」
順応が早い私に、少女は多少なりとも面食らったようだ。
「そうだ。名前はどうする」
「そうだね……。聖なる音と書いて、『さとね』……とか?」
想像よりも幼稚なネーミングセンスに、つい笑みが溢れてしまう。
「なんだ、もう考えていたのか?」
聖音の頬が紅潮する。どうやら、それなりに恥ずかしいらしい。
「チャーミングな名前だな。これからよろしく、聖音」
前半には皮肉を込めて。後半には慈愛を込めて。
かくして、私と聖音の奇妙な同居生活が始まった。
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