アリナは歩くことにした

あいれ

第1話

「ここが依頼主の住んでいる村か?」


 低く、しゃがれた声で、ドワーフの男――イロメリは自分よりも少し前を歩くエルフの少女――アリナに質問した。

 質問されたアリナはイロメリを振り返った。アリナの長く綺麗な黒髪が風に吹かれて、優しく輝いた。

 少し考えてから、アリナは答えた。


「ええ、ここが次の仕事場よ。ほら」


 そう言ってアリナは村の入り口の看板を指差す。


「やっと着いたか。流石にこの量の荷物は年寄りにはキツくてのう」


 イロメリは背負っていた荷物を雑に地面において、近くの岩に腰掛けた。

 アリナも、近くの岩に座って休憩を始めた。そして、イロメリの置いた荷物から依頼書を引っ張り出し、依頼内容を読み上げた


「今回は窃盗事件の犯人探しをしろって」


「ふむう、窃盗事件の犯人探しか……時間がかかりそうじゃな」


 自分が選んだんでしょ。アリナはそう口に出してしまいそうになったが、なんとか抑えて、イロメリに言う。


「追跡の魔法が使えればすぐなんだけどね……ごめん、ロメ」


 ロメ、とはアリナがイロメリを呼ぶときに使う呼称だ。つまりニックネームである。


「構わんよアリナ」


 イロメリはアリナに笑顔を向けた。

 アリナもイロメリに笑顔で返し、立ち上がる。


「もう行くのか?」


 イロメリはもう少し休みたそうにしていたがアリナは、


「もう、ほんとはそんなに疲れてないんでしょ。知ってるよ?」


 と、先程のように笑顔を作った。が目は笑っていない。

 イロメリは耐えきれずに目をそらしてしまった。


「わかったわかった」


 背負ってきた荷物を持って立ち上がる。




「とりあえず役所へ行こう。小さな村だが、役所くらいはあるだろう」


「そうね。そこで話を聞きましょうか」


 村には小さな家がいくつかあるが、人影は見当たらない。

 しばらく歩き回っていると、大きな建物が見えた。二人はその建物へ入り、つぶやいた。


「誰もいないね」


「いないな……」


「どうする……?」


「どうしようか」


 アリナは思わず天を仰ぐ。視界に入ったのは暗く汚れた天井のみだった。

 すると、不意に後ろから声がかけられる。


「あの、依頼を請けてここに来た冒険者さんでしょうか?」


 アリナとイロメリが振り向くと、そこには痩せこけたゴブリンの男が立っていた。

 ドワーフのイロメリよりも小さいので、おそらく身長は100センチ前後だろう。ちなみに、アリナの身長は160センチで、イロメリはアリナよりも10センチ小さく、150センチである。

 アリナは、以前見たゴブリンよりも背が低いのはなぜだろうかと疑問に思ったが、自分が成長して背が伸びたからだと気づく。


「ええ、窃盗事件の犯人探しの依頼を見てここに来たんです。なんでここには誰もいないんですか?」


 なんとか驚きを隠して、アリナは冷静に返す。


「最近、この村では病が流行っていてですね――」


 そう行ってゴブリンの男は話を始めた。





 どうやらゴブリンの話によると、この村では最近、会話をしただけで感染してしまうという恐ろしい病気が流行っているらしい。

 この村でまだ健康なゴブリンはもう数十匹ほどしかいないらしく、役所で働いていた者もほとんど病気になってしまっていて、いまでは村がほとんど機能していないらしい。

 ちなみにこの病気の症状だが、激しい腹痛や頭痛、倦怠感が連続で感染者を襲い、酷いときには命すら奪ってしまうという。


 だが、薬はあるらしい。病気が流行りだした翌日にこの村にやってきた人間が薬屋を開店して、高値でゴブリンたちに売りつけているとのこと。


「どう思う?」


 アリナはイロメリに聞く。

 イロメリは、


「人間が流行らせたんだろう。おそらく金儲けが目的だな。呪いにしては症状が軽すぎる」


 と自分の考えを口にした。ゴブリンの男はなるほどとうなずいた。


「そういえば、お二人は冒険者でしたよね?」


 ゴブリンがイロメリに質問する。


「ああ、俺はイロメリ。見た目通りのドワーフで冒険者だ」


「わたしはアリナ。エルフ。同じく冒険者」


 二人は最低限の自己紹介をする。


「私はゴブリンでカンと申します。ここの所長をやってます。お二人がここにいらっしゃったのは、やはり依頼の件でしょうか」


「もちろんだ。それ以外に何がある。依頼でもなければ今にも住民が全滅してしまいそうな村までわざわざ来ることはないぞ」


 イロメリはまったくだとばかりにため息を漏らす。


「ちょっとメリ」


 アリナはイロメリを注意する。


「あはは、イロメリさんの言うとおりですよ。それより、依頼のことなんですが――」


 カンはどこか悲しそうに笑って依頼の細かい内容を話し始めた。





 その日の晩。

 村の外れの小さな宿を借りて、アリナとイロメリは体を休めていた。


「イロメリ、あれは言いすぎだよ」


 あれ、とはもちろん昼間の会話である。


「……すまん」


 イロメリは申し訳なさそうに謝る。


「わたしだって確かにロメとおんなじ気持ちだったけど、それを言っちゃうのはまずいよ」


「すまん……言い過ぎた。ところでアリナ、明日からはどうしようか。カンの話によると、窃盗犯は夜に活動しているらしいし、今夜にでも依頼を終わらせるのがいい気がするんだが」


 イロメリの気持ちもわかる。


「でもさ、ロメ。依頼でやってきた冒険者が来た初日に堂々と――いやコソコソ窃盗なんてやると思う?」


 アリナは一刻でも早く仕事を終わらせたいとウズウズしているイロメリに諭すように言う。


「ぐぬ……思わんな」


「でしょ?」


 そう言ってアリナは小さく笑う。


「じゃあ、明日の仕事は休みでいいよね?」


「そうだな、そうしよう」


 イロメリはうなずいた。


「おやすみ、ロメ」


「おやすみアリナ」


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アリナは歩くことにした あいれ @wahhuru

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