《3》胸奥にあったもの

 リュウキが目を覚ました時には、窓の外はすでに真っ暗で夜空に星が輝いていた。

 すぐには起き上がらずにそれを横目で見た後、リュウキは視線を戻し薄暗い天井をぼんやりと見つめる。


 意図せず向かったベイルスで分かったことが、二つ。

 一つ目は”今の状態”でも、<力>に呑み込まれると意識を保つことが難しい事。

 予想は、していなかったわけではない。それでもやはり実際に起きてしまうと改めて考えざるを得なかった。


 このまま、誰かと行動を共にしていいのか――


 <力>の封印には自分の魔力だけではなくラナイの聖力も使われている。そのため彼女が術式に干渉してこちらを止めることは可能と聞かされてはいた。

 実際に、ベイルスで最終的に自分を止めたのはラナイではあった。

 それにオウルについても。普段は飄々としてこちらをからかうことが多い彼が垣間見せたあの戦闘力。

 魔族との激しい戦闘に割り込み、<力>に呑まれかけた自分の目にすらその動きを捉えさせなかった。そして魔族の凄まじい速さに余裕で追いつき、逆にほとんど意にも介さず吹き飛ばしたのを朧げながら覚えている。

 自分の<力>が暴走した時にラナイと同じく止める役割を持つことはまず間違いない。ラナイが止められなかった場合の保険だろう。


 しかし、不安は拭えない。今回よりもやむを得ず<力>を多く使った場合は? 二人にどこまで止められるのか。

 何よりが今は行方不明なのだ。もし、封印が……。最悪周囲を、彼女たちを危険に晒しかねない。

 あの時の、ように。


 やや目を伏せるとリュウキは右手で前髪をくしゃりと握った。

 崩壊していく紫がかった灰色の空間の中で、淡く微笑む山吹色の髪の女騎士――フィルの姿が頭をよぎっていく。


 そして、二つ目は――――





 緩慢な動きで体を起こしたリュウキは、窓の下半分が少し明るいことに気づく。

 見えるのは数々の出店や大通りの上に掲げられた提灯。その明かりが夜の街を仄かに照らし出していた。


(……祭りか)


 祭りなど見るのはいつぶりか……少なくともこの三年は祭りとは縁のない生活だった。

 ふとアラスやフィルがいた時の祭りを思い出す。

 確かあの時は、パルシカに祭りの手伝いを頼まれたアラスに自分たちがくっついていったのだ。

 パルシカが自分たちにお祭用の衣装を用意してくれたこともあり、フィルやラナイは楽しみにしていた。

 しかし、祭り当日にラナイは熱を出してしまい出かけることができず残念がっていた。

 そんなラナイにフィルがあの屈託のない笑顔で言っていた。



 ――――よしじゃあ、来年もまた来よう! 今度は四人でお祭楽しもうね。



 その、来年が来ることは…………




 リュウキは頭を振ってそれ以上考えるのをやめようとする。

 しかし、記憶の中のフィルに金髪の少女――リルの姿が重なって脳裏にちらついた。同時に、数刻前の魔族との戦闘中に起きた出来事が蘇る。


 ……そう、二つ目は。


 リルが自分のせいで大怪我をした時に気づいた事――彼女をこの任務から遠ざけたかった本当の、理由。


(危ないから? 聖域の思惑? フィルの妹だから? ……違う)


 そんなのは全部建て前だ。言い訳だった。


 本当は、怖かった。



 自分の傍にいる誰かが、また、自分のせいで、死んでしまうのではないかと。




 リュウキは俯くと固く目を閉じ、額に手を当てる。


 ……いや、心のどこかでは気づいていたのかもしれない。考えないようにしていただけで。

 任務の話を聞かされたあの日の夜、ラナイに最初自分一人で行くと言ったのはそのせいだったのだろう。勿論彼女は猛反対し、結局は押し切られる形で同行を認めたが。


 もっとも、ラナイについては傍にいなくてはならない理由が別にあった。

 封印にお互いの距離の制約があるわけではないが、この<力>を狙った者がラナイに危害を加えようとする可能性がある。

 自分のせいで巻き込んでしまった以上、彼女を守らないといけない。それがラナイの兄代わりだったあの青年を死なせてしまった事への償いになるから。


 リルは、まだ間に合う。何らかの形で巻き込んでしまう前に彼女から離れなければ――


 リュウキは静かに寝台から降り立った。そして傍に立てかけておいた紅晶剣と丸椅子の上の手荷物を持つと、部屋の扉へゆっくりと向かった。





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<番外編>

オウル:いやはや、あの時はどうなるかと思ったよ

リュウキ:……迷惑かけたな。……………悪かった(物凄く小声で

オウル:気にしなくていいよー(爽やかな笑顔

リュウキ:……そうか。ところで何でこんなところにいるんだ?

オウル:俺の出番はしばらくなくて暇だからね。キサラちゃんもだけど

リュウキ:……なるほど

オウル:あ、そうそう。聞きたいことがあるんだよね

リュウキ:なんだ?

オウル:力に呑まれかけてた時のことはほとんど覚えてないんだよね?

リュウキ:そうだな。本文にあった事でほぼすべてだが……後は魔族とお前が会話してるところが断片的にあるくらいか。そういえばお前ら知り合いか何かなのか?

オウル:ほとんど、覚えてないんだよね????

リュウキ:……あ、ああ。(あの魔族のことは苦手なのか……? 確かに冗談が通じない相手はオウルとは相性が悪そうだからわからなくもない気がするが)



 ちなみにオウルがウルガを苦手にしている様子は、別に投稿している短編「少女の記憶が飛んで戻るまでのお話。~雑学付き~」でも後半に少し描写があったりします。

 ある意味腐れ縁な二人です(笑

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