《4》山吹色の幻

 ひと眠りしたので体力もだいぶ戻ってきた。まだ万全とは言い難いが、ラナイを連れて早くこの街から出たかった。……リルに気づかれないように。

 扉の前に立ったリュウキは部屋から出る前に周囲の気配を探る。近くには誰もいないようだ。運よくラナイがいれば階段を下りてそのまま外に出られるのだが、そううまくはいかないらしい。

 そういえばラナイはリルと買い物に出ていたことを思い出す。まだ帰ってきていないのだろうか。

 扉の取っ手に手をかけ、音を立てないように慎重に開いた。予想通り廊下に人の姿はなかった。部屋を出るとリュウキは下の居間に向かう。リルとラナイが戻ってきているか確認しておきたい。


(二人が帰ってきているようなら、ラナイが一人になるのを見計らって……)


 考えながら階段を下りたリュウキはそこで思わず立ち止まった。 

 短い通路の先に見える居間に山吹色の長い髪の女性が立っている。しかも、記憶の中にある祭りの時の姿だ。


(……フィル……!?)


 茫然とリュウキはその後ろ姿を凝視した。

 自分は夢でも見ているのか、それとも幽霊だろうか?

 一歩一歩、ゆっくりとその人物に近づく。その山吹色の髪の人は後ろを向いているので顔はわからない。

 リュウキは手を伸ばし、その腕をつかむ。すると、


「うわ!?」


 いきなり腕を掴まれたその人は驚いて振り返った。


「びっくりした、リュウキかー。脅かさないでよ」

「……リル?」


 山吹色の髪かと思ったが、よく見ればそれより明るい金色だ。

 初めて会ったときも見間違えることはなかったのに、今勘違いしたのは……


「なによ、幽霊見るような顔しないでよね。そんなに似合わない?」

「……なんだその格好?」


 今のリルはいつも二つに分けて結んでいる髪を降ろして細長い髪留めをつけている。そして橙色を基調としたワンピースに白の薄い上着を羽織っていた。


「これ? パルシカが貸してくれたのよ。お古なんだって。ほら、私の服ボロボロだったでしょ。血までついちゃったし」

「……そうか」


 本当に幽霊を見たのかと思ったリュウキだったわけだが、リルはそこまで考えは及ばない。訳が分からずにリルは面食らう。

 不意にリュウキが視線を落とし口を開いた。


「……体の具合はもういいのか」


 リルは思わず目を瞠ってリュウキを見た。

 リュウキがリルの体調を気に掛けるなんてことは(直接的には)今までなかったし、面と向かって口に出したりはしない性格だと思っていたからである。


 一方、リュウキも口を突いて出た自身の言葉に困惑していた。

 自分は一体何を言っているのか。これではまるで仲間を気にかけている……。


 仲間。それはアラスやフィルと同じ存在――同じ? リルがあの二人と?


 いいや、リルは同じじゃない。なぜなら自分にはそんな資格はないからだ。もちろんそう思ってもいけな……。…………? いや待て。自分は、その前何を思った……? ……?

 

 ――――リルを、仲間と、思ってしまって、いる。

 

 その答えにたどり着いた瞬間、リュウキは強い自己嫌悪に陥った。

 仲間だと思ってはいけない。だがそう思ってる。ならどうする? どうしたらいい?

 リュウキはその場に立ったまま何も考えられなくなっていく。


 はじめは軽口を叩こうと思っていたリルだが、前髪の下から覗くリュウキの顔が思い詰めているように見えたのでやめた。


「うん。あの後ラナイにも治癒掛けてもらったし。心配かけたわね」

「その通りだな。勝手に割り込んで大怪我して自業自得だ」


 俯いたままリュウキは続けて言った。


 ――――とにかく突き放そう。


「……え?」


 ――――突き放して、嫌われて、仲間だって思われないようにする。


「正直言って足手まといだった。今回の件でよくわかった。お前は考えなしの上に、弱すぎて役立たずだ」


 リルが瞬きするのも忘れて固まっているとリュウキは次々と言葉を重ねていく。


「お前は任務には不要だって言ったんだ。この街に置いていく。オウルは連れて行くから安心しろ。じゃあな」


 ――――そうすればきっと、自分も、仲間だと思わなくてすむ。


「ちょ、ちょっと待って!」


 言うだけ言って踵を返しかけたリュウキの腕をリルが掴む。


「……リュウキ、それ嘘でしょ」

「……嘘じゃない」

「嘘よ」

「嘘じゃない」

「嘘!」

「嘘じゃ……!」

「だったらなんで目を見て言わないのよ!?」


 リュウキの言葉を遮ってリルが叫ぶ。


「なんで……そんな顔してるのよ」


 口では不機嫌そうに嫌味を言っておきながら、その表情は一致していなかったことにリルは気づいていた。今もリュウキは視線を逸らし、何かを堪えるように唇を噛みしめている。


「そんな顔されたら気になっちゃうじゃない」

「……ほっといてくれ」

「嫌よ」

「ほっといてくれよ!!」


 思わずリュウキは声を荒げた。


「なんではそう――っ!」


 言いかけてリュウキは口を噤む。リルの手を乱暴に振りほどきリュウキは部屋を飛び出した。


「ちょっ……!」


 リュウキの後を追おうとリルも部屋から慌てて出る。すると誰かに呼び止められた。


「待ってください。リルさん、少しお話を聞いてくれませんか?」


 そこには沈痛な面持ちでラナイが立っていた。

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