《5》大戦と謎の聖者

 リュウキは剣を背負うと、さっさと遺跡の入り口に向かって歩きだした。リルも遅れまいとその後を追うようについていく。


「そういえばさっきの魔族……」


 数歩歩いたところではたと思い出し、リルは慌てて周囲を見回した。しかし、先ほどの魔族の姿はどこにもなかった。


「リュウキ君たちが話してる間にどこかに行っちゃったね」


 ハリトに気を取られすっかり忘れていたリルに対し、魔族の行動に一応注意を向けていたらしいオウルがそう言った。


「ちょ、気づいてたなら追ってよ!? 祭器持ってたらどうするのよ!」


 なぜのんびりしているのかとリルが捲し立てるものの、オウルには全く意に介した様子がない。


「んーリュウキ君とラナイちゃんが持ってなさそうなやり取りしてたからいいかなと思ってね」

「え、いつの間にそんなの……」


 気づかなかったリルは驚いて二人を見る。少し前の彼らの目線のやり取りはそういう意味だったらしい。


「持ってたらリュウキ君が放っておかないよ」

「俺かよ。お前も追いかけろよ……」

「そりゃもちろん」

「……」


 笑顔で頷くオウルだが、こちらに丸投げして自身は動く気がなさそうにも思える。リュウキは胡散臭そうな視線を投げた。

 そのやり取りを眺めていたリルは、あることに気付いて声を上げた。


「オウルが追いかけてもいいんだ! 私たちのこと仲間だって認めたわけね」

「…………」


 リュウキの動きが一瞬止まる。自分でも無意識に言っていたらしい。

 いつものように否定しようと頭では思ったはずなのだが、


 仲間。


 その言葉になぜか胸がざわつくのを感じ、思わずリュウキは黙り込んだ。

 しかし、なぜこんな気持ちになるのか。その理由にリュウキ自身が気づくのはまだ先のことだった。

 一方、そんなリュウキの心境に気づくよしもないリルは続けて嬉しそうに言う。


「じゃ、私も頑張って追いかけるわね!」

「お前はいい」


 さっきは否定しそびれてしまったので今度は即座に切り返したリュウキである。


「ちょ、なんでよ!?」


 あっさり断られてリルはショックを受ける。その後ろからオウルが楽しそうにこちらを見るので、リュウキは思いっきり睨みつけてやった。


「むぅ、私だって役に立ってみせるわよ? そうね……例えばこのソーラス遺跡だけど、神代の遺産で」

「ソーラス遺跡。神代黄昏期に造られた遺跡で、神々の戦いの折には特殊な広域結界を展開し、遺跡周辺を悪意や敵意のある存在の目には映らないようにすることができていた。ただし術式や装置の解明はあまり進んでおらず、現代において再現はされていない。他に言うことはあるか?」

「…………」


 台詞を取られてリルは頬を膨らませる。


「そ、そう言おうと思ってたのよ!」


 リルはすぐに開き直った。実は遺跡の具体的な力までは知らなかったのだが。


「リュウキはいろいろ本読んでますもんね」

「なるほど。いかにも部屋に閉じこもって本読んでそう。そんなんだから人付き合いが悪いのね……」


 ラナイの言葉にリルは深く深く頷きそう納得する。リュウキに思いっきり睨まれたが気にしない。


「あ、そうだ。ソーラス遺跡については他にもあるわよ!」


 リルははっと思い出し声を上げた。リュウキはどうせくだらないことだろうと聞き流そうとするが、


「昔のことじゃないけど、三年前の<虚無大戦>の時に聖者が降り立って近隣の村や町を守ったって騎士団内で噂になった遺跡の一つよ。そっか、遺跡の結界で周囲を見えなくしてたのね……あ、いやもちろん知ってたわよ」


 ぼろを出しそうになってリルは慌てて言い直す。

 ところが、リュウキは突っ込まなかった。

 リルが怪訝に思ってリュウキに視線を向けると、彼は無言で前を見ていただけだった。斜め後ろを歩くラナイが心配そうな表情を浮かべリュウキを見ていたが、リルは気付かなかった。


「あ、えと……」


 なぜかリュウキが急に黙り込んだので、リルは戸惑い口籠った。


 三年前の<虚無大戦>。神代において罪を犯したとして封印された<黒紫の虚無神アド・ヴァーレ>が魔族によって復活し、大混乱となったのだ。

 魔境に近い人界で復活した<黒紫の虚無神>は、数多くの強力な<虚獣>と共に聖域を目指して進攻した。聖域に被害が及ぶ前に再度封印されたが、<黒紫の虚無神>は人界、魔境を広範囲にわたって破壊したのだ。

 謎の聖者が現れたソーラス遺跡など、いくつかの遺跡に近い場所は<黒紫の虚無神>の目をくぐり抜けたが、それはもちろん少数だ。 かなりの町や村が<黒紫の虚無神>の攻撃にさらされ、神人、人間そして魔族に犠牲者が出たのは言うまでもない。


(……そういえば、リュウキとラナイは人界に住んでるのよね。リュウキの親しい人ももしかしたら巻き込まれて……)


 触れてはいけない話題だったかもしれないと思い至り、リルはリュウキの沈黙が急に重く感じられた。


(謝ろうかな……? でも、そうとわかってるわけじゃないから、もし違ったらそれはそれで変だし……いや、なんかやっぱり……)


 リルが心の中であれこれ悩んでいると、唐突にリュウキが口を開く。


「聖者というのは?」


 リュウキの方から話題を振ってくれたことにリルは内心安堵した。一瞬聖者について考えていただけかとも思ったが、先程のリュウキの後ろ姿がなぜか頭から離れなかった。


「――えと、神代の遺跡の力を動かせるからもしかしたら神なのかもしれないけど……でも、神って伝承の中では」

「つまり、正体はわからないんだな」

「うん」


 結論から言えばそうなのでリルは頷く。

 喋っている途中だったが、なんとなく気まずかったので突っかかることはしなかった。


 柱に囲まれた入り口をくぐると、中は一本道だ。それほど広くはない通路を抜けると、少し大きな広間に出た。天井は円形になっているようだが、大部分は魔気の壁に覆われているためよく見えない。


「これかーとりあえず聖気ぶつけてみる?」


 リルは聖契剣を手元に出現させて聖気を込める。


「聖気なんかぶつけたら反発しあってその衝撃波でこの一帯崩れるぞ」


 そんなリルにリュウキは物騒なことを言った。危うく放ちそうになっていたリルは慌てて止めた。


「じゃどうするの?」

「自分でも考えろ」

「う、わかってるわよ」


 リュウキに睨まれてリルも考える。


「中に瞬間移動すればいい」

「おおーそれならいいかも!」

「わかった」

「って、誰の提案?」


 リルたちの声ではない。しかし、少し前に聞いたような……。

 いつの間にか近くにいつぞやの魔族の女が立っていた。

 リュウキがはっと顔を上げるが、それよりも早く魔族の手が空を切る。リルたちのまわりに青紫色の魔紋のリングが展開したかと思うと、体が一瞬浮遊感に襲われた。

 そして、次の瞬間には前に見えていたはずの魔気の壁が後ろになっていた。


「ちょ、えええ!? 魔ぞっ!?」


 リルは驚いて飛び退こうとしたが、何かに躓いて転んだ。緊張した空気のはずが、リルが転んだことによりなんだか微妙な空気になった。


「気をつけろ。地面は平らじゃない」


 魔族の女は淡々とそう言う。


「え、でも、さっきまでは……」


 石を敷き詰めた平らな床だったのだが、今足元を見ると大小様々な植物の蔓のようなものが這っていた。どうやらこれに躓いたらしい。

 改めて周りに視線を向けると、天井から床まで縦横無尽に蔓が張り巡らされている。


「え……ここ、どこ!?」


 さっきまでと景色が一変していてリルは動転した。

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