《4》女魔族現る

 木々の向こうに一直線に並ぶ石柱と石畳が見えてきた。その奥には細長い柱に囲まれた石造りの建造物が建っている。

 見たところ、外にハリトの姿はない。イルミナによると遺跡の奥に魔気の壁があるということなのでそちらにいるのだろう。

 リルたちは入口らしきところから中へ入ろうとするが、そこから誰か出てきた。歳はオウルよりも下、身長はリュウキと同じかやや低いくらいで細身。遺跡調査の一人かと思ったが、学者たちとは身なりが違う気がした。

 何より。


「ハリト君!?」


 その人物は小脇にハリトを抱えていたのである。彼は気絶しているらしく動かない。

 もう片方の手には見覚えのある鞘に入ったリュウキの剣。

 鞘の上から剣を持っているがなぜか火花が散っている。


「……! 魔族!!」


 魔族とは、主に魔境と呼ばれる地域に住む者たちのことだ。

 髪や瞳の色は人間と似ているので見た目での区別はつきにくいが、体内の魔気の構成比率が人間よりも高い。

 リュウキの剣には聖気の込められた刻印――聖刻が施されている。聖気と魔気は反発しあうのだ。

 遺跡から出てきた灰色の髪の魔族はリルたちに気付くと立ち止まった。一度ハリトを青紫色の瞳で見下ろし、それから彼女たちに視線を向けた。


「この子供の知り合いか?」


 腰まである濃灰色の上衣と同色の長い裾に体の線は隠れており、男女ともつかない容姿である。しかし、やや低めの落ち着いた声はどちらかというと女のようだ。


「そうよ! ハリト君を放して!」


 リルとリュウキはそれぞれ聖契剣と短剣を構えた。

 一方、魔族の女は肩を少し超すくらいの髪を揺らして再び歩き出す。どこかへ連れていく気なのかと思ったが、女は近くの木まで歩くとハリトを降ろして木の幹にもたれかけさせた。

 手に持っていたリュウキの剣もハリトのそばに置く。


「放した」


 魔族の女はそれだけ言うとハリトから離れた。リルたちは警戒しながらハリトの無事を確かめに行く。特に外傷はないようだ。


「その子供は中で無謀なことをしようとしていた。説得しようとしたが聞かないので峰打ちして外に連れてきただけだ」


 魔族の女は淡々と説明する。

 特に攻撃してくる気配はないが、油断はできない。

 リュウキは斜め後ろのラナイをちらりと見る。目が合うと彼女は小さく首を振った。

 そんな二人の横でリルが剣を向けたまま問いかける。


「無謀なこと?」

「魔結界を壊そうとしていた」

「この遺跡を襲撃したのはあなた?」


 リルが続けてそうたずねると、魔族の女は少し間をおいて、


「……違うといっても疑うのでは?」

「あ、それもそうか」

「納得するな……」


 あっさり認めるリルにリュウキは剣を手に取りながらそう突っ込む。そこでハリトが目を覚ました。


「……ん……」

「大丈夫? ハリト君」


 ラナイがその顔を覗き込み声をかける。


「あれ……お姉ちゃんたち……? ……あ」


 ハリトは一瞬何をしていたのか忘れていたが、リュウキが持っている剣を見て思い出した。ハリトの顔がみるみる泣きそうな表情になる。


「ちょっとリュウキ、睨むんじゃないわよ」

「別に睨んでない……」


 さっとハリトの前に立つリルに対してリュウキは不機嫌そうに言った。


「ごめんなさい……その剣があればあの黒い壁を壊して兄ちゃん助けられるんじゃないかと思って……。ちょっとだけ借りて、終わったら返そうと……」


 怒られると思いハリトは俯いて体を固くする。


(……兄か……)


 リュウキは少し遠くを見るような目をする。思い出すのは栗色の髪の青年。

 実の兄ではなかったが、それに似た感じの存在だった。


「……おい」

「は、はい」


 リュウキに話しかけられてハリトはびくりと震えた。


「お前の母親が後で怒るだろうから俺は何も言わない。剣は戻ってきたしな」

「…………」


 イルミナに怒られるのを想像してさらに青くなるハリトである。


「仮に黒い壁が壊せたとして、中に魔族や魔獣がいたらどうする」

「えっと……」

「お前戦えるのか?」

「ううん……」

「じゃあやられるな。それで終わりだ」

「うう……」


 ハリトはしゅんと項垂れる。


「ちょっと、何も言わないんじゃなかったの!? めっちゃ責めてるけど!?」

「現実を言ったまでだ」


 矛盾してないかというリルにリュウキは素っ気なく答えた。


「何とかしたいというのはわかりますが、ハリト君に何かあってはお母さんを悲しませますよ」


 ラナイがやんわりとたしなめる。

 しかし、ハリトは拳を握り締めて俯いたままだ。リュウキは小さくため息をつき口を開いた。


「遺跡には俺たちがいく。お前は帰れ」

「……え?」


 予想してなかった言葉にハリトは弾かれたように顔を上げる。


「勘違いするなよ。俺たちも遺跡に用があるだけだ」

「素直に自分たちが助けに行くから心配するなっていえばいいのに」


 リルが数分前に突っ込まれたお返しだといわんばかりにぼそりと言う。

 もちろんリュウキはじろりと睨む。その横でラナイが苦笑していたりしていた。

 ハリトはリュウキの言葉で頭がいっぱいで気にも留めていないようだが。


「お兄ちゃんをよろしくお願いします!」


 ハリトはがばりと大きく頭を下げた。


「大丈夫、お兄さんは私たちに任せてハリト君は待っててね?」


 リルの言葉にハリトはこくりと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る