異世界特訓生活録 テンセイシャ 実戦編

「リドル。今日の午後だけど実地での遠征訓練になるわ、ちょっと一緒に来て掘って頂戴」


 昼食中、母にそう告げられ思わず食べる手を止める。


「またですか?ここのところ結構な頻度ですが……」


「リドルが居るうちにできるだけ、って言うのが本音よ。それだけ必要とされているの」


 午後の訓練、それは朝練と比較にならない程のキツい運動量をこなす厳しいもので心身を共に削り軍隊式かつ強制的に鍛え上げられる。

 しかし、最近は基礎体力がついてある程度のラインには達したと思われたのか実地訓練と称しての領内の治安維持と不便な場所にある魔剣を移設する作業に駆り出されている。


「それとも……が良いの?それならそれで私は構わないんだけど」


「っ謹んでやらせていただきます!!」


 正直なところ運動量自体は変わらないどころか下手をすれば実戦のほうが少ないまであるため直ぐ様返事をすると母上は満足そうに頷く。


「よろしい。じゃあ、そういうことで準備をしておくのよ」


「はい」


 そう言って母は席を立ち、そのまま食堂を後にする。

 残された俺は微妙な感覚の中、残った料理を掻き込むのだった。




 ____________________




 そして昼下がり、色々と身支度をしてメイと共に件の場所へと赴いていた。


「坊っちゃま、見えて参りました」


 メイが指差す方をみると激を飛ばす母とそれに従い指示を出しながら動く各指揮官が見え、その周辺を警戒するように兵が配置されていた。


「これはこれは坊っちゃん、よく来て下さいました」


 指示を出していた一人がこちらに気が付くと揉み手をしながら愛想笑いを浮かべ出迎えてくれる。


「タラン班長、またお世話になるよ」


 最初に魔剣を掘り出した時以来の付き合いとなっている丸刈りで小太りな団子っ鼻のベテラン兵だ。


「いえいえ、坊っちゃんのお側で仕えられること。このタラン・スプルック光栄でございます」


「またまた口が巧いんだから。それに俺の側なら多少なりと矢面から離れられるのが本音でしょ」


 何回か遠征で一緒になって小隊単位での護衛を買って出てくれるがその実一緒に行動することで比較的安全な場所を確保するという、うだつの上がらない見た目に反して頼れながらも抜け目の無いやり手だ。


「へへ、そこはそれ持ちつ持たれつですよ。坊っちゃんは気心のしれた者達と移動できて私達ぁ道中の危険が軽減される。まぁどうです?また終わったらコレでも」


 そういうとタラン班長は親指と人差し指で輪を作りクイッと口元に傾ける。


「それを自分で言っちゃうの?今からそんなこと考えてたらケガするよ。それにご馳走してくれるのはありがたいけどまだ呑めないし」


「そうですよ、スプルックおじさん。坊っちゃまを変な方向に連れ込まないでください」


 飲みニケーション的な軽口にこちらも似たようなノリで返すとメイも砕けた感じで話す。


「それで、周りにいる魔物は何なの?ゴブリンとかコボルト?あとオークとか……」


「『塩害飛蝗ソルティホッパー』ですよ」





塩害飛蝗ソルティホッパー


 見た目こそバッタだが犬、それも個体によっては大型犬に相当する大きさの魔物である。


 雑食で体内に塩を含み作物等を食害する際には唾液に混じった消化液には塩分が含まれていて、それで土を汚染するうえ狂暴。おまけに飛蝗だけに跳躍力に優れ一気に飛びかかり鋭い歯で肉を食い千切っていき家畜、作物、人問わず被害が出る厄介者だ。



 なお、体液から抽出される塩はエグ味が強く品質が悪いが肉の方は癖があるが程よく塩味が利き救荒食材の他安価で美味しいツマミにもされる。


「前の塩不足の時には世話になりやしたがこうなってくると邪魔になってしょうがないですな」


「そこは、まぁ痛し痒しだけどアイツかぁ……」


 動きが速いし、何より動物サイズの昆虫という生理的に恐怖を感じてしまう見た目に自分はもちろんメイも口元を押さえ嫌悪感を露にする。


 そんな風に話していると一段落するまで待ってくれていたのか母上がこっちにも指示を出しにやってくる。


「お喋りはそこまでだ。タラン、お前はいつも通りリドルの直衛につけ。メイも気持ちは判るが切り替えろ」


 弛緩した空気を引き締めつつテキパキと指示を飛ばし各々配置に就かせていく。


 基本的には二手に別れて一方魔物を追いたててもう一方が仕留める巻き返しに近い作戦で相手が害獣サイズの昆虫なこと以外は猪等を駆るときと大差無い。


(……獲物がバカデカイバッタなのが問題なんだよな、本当に……)


 最初に見たときは意図せず体が竦み、気持ち悪さにリバースした記憶が甦り思わずため息が漏れる。


「何、緊張しなくても大丈夫だ。実際に何回か討伐してる」


「それはそうですけど……」


 ため息が聞こえてしまったのか気にするなといった風に母が肩を叩く。


「まぁ油断するよりかはこの方が余程良いかもしれないな。何処かの誰かさん見たいに気を抜きすぎて負傷するバカをやるよりかはっ!」


「へへ、坊っちゃん。こりゃ一本取られましたな」


 母上の弄りに心当りのある班長がおどけて見せてくれるといつの間にか憂鬱な気分も紛れる。



 そして……。



「んじゃ、そろそろ行きましょうか!坊っちゃん!」


 タラン班長の呼び掛けるのと同時に獣避けの金属音が鳴り響く。


 一瞬バッタ達の注意が音の発生源に向いた瞬間、俺も準備しておいた魔法を発動させバッタ達の足元から柔らかい腹部目掛けて先端を尖らせた『砂のサンドピラー』を現出させる。



 母上基準でまだまだといっても数回は経験した急所狙いの攻撃に群れの半分程を仕留める事に成功し、残りの半数も突然仲間が百舌の速贄状態になったことに混乱し始める。


「この隙を逃すな!!全員一斉射っ!!跳躍される前に仕留めきるぞ!!」




 その言葉が響くや否や魔法、投擲、弓矢と飛び道具の雨霰がバッタの群れに降り注ぎ、生き残りの体が弾け飛んで辺りに緑の体液を撒き散らす。


 あっという間に一帯がバッタの死骸と臭いに覆われ草臭い鼻に衝く香りが充満していく。


「うぇぇ、苦っ。口に飛んだ……」


「よし、第一班から第三班は他に残っていないか辺りを偵察、残りは後始末だ。あとリドルはこっちに」


 バッタの飛沫に苦悶する俺を尻目に母は辺りを一通り見渡し、包囲した群れで動いている個体がいないことを確認すると新な指示を飛ばす。


「坊っちゃま、水です」


「ありがとう、んっく。あ、はい今いきます」


 差し出してくれた水筒で口を濯ぎ、歩き出す母上にメイと一緒に付いていくとバッタ達が群がっていた中心点に柳葉包丁に似た形状の短剣が斜めに突き刺さった台座に到着する。


「コレが今回の魔剣『アスカローネ』よ」


「わかりました。で、大きさはどのくらいにするんですか?」


 聖剣ツルハシを取り出しながらどういう型で掘り出すか注文を聞く。


 何回か採掘しているうちある程度は掘り出す形状を調整できるようなり、最終的な研磨は必要なものの用途に合わせたサイズで削り出す事が可能となっていた。


「そうねぇ、出来るだけ細くギリギリの四方まで頼むわ」


「わかりました」


 そう言って母上は後をメイに任せ、残務処理のため戻っていく。





「そういえば……この魔剣はどういう物なの?」


 ふと今回の武器がどういう能力を持っているか聞いていなかった事に気付き聖剣ツルハシを型に構えたままメイに質問するとメイもああ、と言った表情をする。


「そうですね『アスカローネ』は守護の効果を持っていまして周囲に結界を張り魔物を寄せ付けないのですが……。中途半端に結界が張られたのか『塩害飛蝗ソルティホッパー』の天敵の鳥型魔物だけが寄り付かず、結果として大量発生になったそうです」


「あぁ、それで目的がコレになったのか」


 必要に応じて討伐されていたのがなくなり、繁殖の巣になっていた原因の根絶に駆り出された理由に納得しつつ、採掘作業を始める。





「メイ、悪いんだけどちょっとソッチ側持って貰える?掘り出すのは」


「かしこまりました」


 空が朱く染まり、日が落ちかけた頃に魔剣柳葉包丁を掘り出し終わった。


(掘り出せるのはいいけど問題は持ち運びなんだよなぁ。自分で使いたいのも追々出てくるだろうしどうしたものか……)


 メイに手伝って貰いながらそんなことを考えつつ、二人して母上の指令部へ戻ると数人のまとめ役と一緒になった。


「ただいま戻りました。母上サイズはコレでよろしかったですか」


「丁度良いくらいよ、流石ね」


 掘り出してきた台座部分付き柳葉を見せると想定している場所にピッタリなのか満足げな言葉を掛けられる。


「周囲に残敵は確認出来ません。この辺り一帯は狩り尽くしたかと」


「こちらも完了しました。土壌もキレイにして魔石の欠片一つ残していませんよ」


 俺の報告につられるように次々と報告が上がり、いずれもいい結果なためか母も少し表情を緩ませる。

「皆、良くやってくれた。材料も色々手に入ったし帰ったら旨い酒でも振る舞おう!」

 報告を受けた母上が満足そうに頷うとそちらにも労いの言葉をかけると指令部に歓喜の声があがり、早々に撤収の指示を出し始めるのだった。

































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