ふ、ふ、ふまんぞく! いっぽん不満足! \バー/
ちびまるフォイ
満足感のおとしどころ
「社長はこの先、どういった展望を考えているんですか?」
「そうだねぇ。私ももういい年だからね。自分でなにかというよりも
元気な若い人にこの会社を引っ張っていってもらいたいと思っているよ」
「それはつまり……現状に満足していると?」
「なんだと?」
「現状に満足して、今はなんら改善も思いつかないから
若い人に託すとか言って責任転嫁して自分は上からリスクのない立場にいて
安全圏から見下ろしながら高い給料すする生活に甘んじたいということですか」
「そ、そんなわけないだろう!!」
4月になり新入社員が入ってくるなり挑戦状を突きつけられた気がした。
ムキになったのは自分でも思い当たる部分があったのかもしれない。
きれいな奥さんと結婚し、子供にも恵まれた。
家庭内の雰囲気はもよく、近所付き合いも楽しい。
仕事はすこぶる順調でお金に不自由したことなどない。
何不自由ない生活というのはきっとこういうことなのだろう。
いつまでもこの生活を続けたいとも思っている。
私は現状に満足しているのだ。
「これでいいのか……ぐぬぬ」
新入社員に言われた言葉が浮かぶ。
悔しさも手伝って「満足感を消す薬」を手に入れた。
飲むと、満たされていた気持ちが一瞬で消えてしまった。
体の中からは、モヤモヤと現状を良しとしない感情が湧き上がってくる。
「私はこんな状態で、もうこれ以上ないと満足していたのか。
まったく、なんておろかで視野が狭かったんだ!!」
献身的に支えてくれる妻にもっと感謝すべきだし、
子供との時間ももっと大切にすべきだし、
会社にも仕事にもまだまだ改善したりない部分があるじゃないか。
これらの問題を見向きもせずに満足していたなんて信じられない。
「社員を集めろ! すぐに改革をはじめるぞ!!」
隠居生活へのランディングまで決めていたが、
ふたたび第一線で戦うことを決めた。
こんな状態で満足して眠ることなどできない。
それからしばらくして。
私の満たされない気持ちから始まった改革は大成功。
会社はますます大きく発展し、自分だけでなく社員の給料もアップ。
家庭の時間も意識的に取るようになり、
子供との価値観や情報のすり合わせができて家庭円満。
こんな環境に囲まれている私はなんと幸せなのだろう。
「……はっ。今、私は現状に満足してしまったのか!?」
あらゆる手を尽くして、もうこれ以上の改善はないように思える。
今は誰もが幸せで、誰もが満足している。
それでも私は自分の満足感をふたたびリセットした。
リセットするや、これ以上ないと思いこんでいた部分にも改善が見えてくる。
「自分たちだけ満足してどうする。まだまだ社会貢献できる部分はあるじゃないか!」
さまざまなボランティアや支援団体の設立。
企業間でのやり取りや、自分の会社を含め他の会社での待遇改善。
子供の将来のための勉強や本人の夢へのサポート。
満足感は改善点を隠してしまう。
私は一定の満足感を得られるたびに薬を使ってリセットを繰り返した。
そのうち薬がなくてもリセットできるようになり、
エンドレスに満足感という名のぶら下がった人参を追いかける日々となった。
辛いと思ったことはなかった。
むしろ常に目標があることがなによりも楽しかった。
目標に到達すればリセットして次の山を目指す生活。
毎日が意欲的で意味のある日々になって気がする。
そして……。
「あ、あなた!? しっかりして!?」
私は倒れてしまった。
病院で目が覚めると、医者は困った顔をしていた。
もう体のどこにも異常はない。
「目が覚めましたか。まったく、その年で過労だなんて驚きましたよ」
「めんぼくない。毎日、目の前のことに必死に努力していたら
自分の体のことなんか考えていられませんでした」
「満足感がなくて挑戦し続けるのは評価しますが、
あなたは自分の体の限界を知ったほうがいいんですよ」
「そうですね……。でももう大丈夫です。
こうして体も元気になったので、これからはほどほどに頑張ります!」
私の言葉に医者は目を点にした。
「何言っているんですか。まだ退院できるわけないでしょう」
「え? でももうすっかり元気ですよ? まだなにか悪いところが?」
「ええ、もちろん。ありまくりです」
医者は強く頷いた。
「ただ治すなんて医者の名折れです。これと、これと、この新薬を使って
入院するよりも元気になりましょう! さらに補助のアームもつけますか?
今では人工AIチップを脳に入れることもできますよ!
現状に満足せずに、今以上のものを目指しましょうよ!!」
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