春風ひとつ、想いを揺らして

@chauchau

淡いグリーンの縞模様


 春光うららかな毎日に各地から花便りの聞こえてくるころとなりました。


 春。

 それは、命が芽吹く季節。


 出会いと別れを繰り返し、私たちは次の命を紡いでいく。

 花びらが風に舞う、美しい桜並木を歩くのは希望を抱く人々の波。晴れやかな顔つきが今から始まる彼らの新生活の楽しさとドキドキを物語っていた。


「風よ吹けぇぇ!!」


 春。

 それは、命が芽吹く季節。


 そりゃ、芽吹く命のなかには変なモノも交じっていることだろう。


「…………」


「ふぉぉぉ!」


「…………」


「ぬがぁぁ!」


「…………」


「きぃぇええ!」


「…………」


「止めろよ」


「友人だと思われたくない」


 桜並木を歩く人々がある一点だけを避けて通る。そのため軽い渋滞が発生しているのだが、仕方のないことだろう。

 木陰に隠れて奇声を発する高校生が居る近くを歩きたいと思う猛者などなかなか居ないのだから。


 冬が終わりを告げたとはいえ、まだまだ暑いとはほど遠い気温のなかで、一人汗だくになっていた。それほどまでに情熱を懸けて奇声を発していたのである。情熱を懸ける場所を間違っているにもほどがあった。


「諦めろよ、僕とあんたは親友じゃないか」


「それもそうだな……」


「だろ?」


「知り合いだと思われたくない」


「遠ざかっているぞ?」


 ヒトか猿かと聞かれれば、猿である。制服を着た猿である。

 顔つきは決して悪くないと言うのに言動が全てを台無しにしているという描写にまさしくぴったりすぎるほど優秀な例である。


「さぁ、一緒に」


「息の根を止めれば良いのか?」


 猿のような人間に絡まれている哀れな彼は、美少年というべき容姿を持つ男であった。

 日本人離れした見た目は、事実彼の祖母がイギリス人なため。端正な顔つきに、少しばかし薄い色素が相まって神秘的な美を醸し出していた。


 もっとも、日本生まれ日本育ち。生粋の日本人である彼の苦手科目は英語である。


「それで、何をしていたんだ」


「なんだかんだで聞いてくれるあんたが好きだよ」


「知ってる」


 性別のおかしな美女と野獣のコンビは、木陰から通学路へと場所をシフトチェンジしていた。連絡を受けたお巡りさんがあと二分で到着していたのでギリギリセーフである。


「春だろ?」


「春だな」


「だからだよ」


 彼が考え込むのは、言われたことの真意を探っているからではなく、変なことを言う目の前の友人を殴るべきか悩んでいるから。

 さすがに倫理的にまずいだろうと判断した彼が握った拳をゆっくりとほどく。命の危険があったことなど知らずにケラケラと隣は馬鹿みたいに笑っていた。


「もう少し説明頼む」


「春一番ってあるじゃん」


「すごい風な」


「あれが吹かないかなって」


 春一番とは主に三月の半ばまでに吹くと言われているが、そんなことを気にしているようでは友人は務まらないことを彼は熟知しているのでそこはあえて無視をする。

 その上で、分からなかったのだ。

 あれほど奇異な目で見られるほどの行動を起こしてまでどうして風が吹いてほしかったのか、その理由が。


 間違いない、くだらない理由であることは経験上分かりきった上で。


「桜吹雪でも見たかったか」


 せめてこの程度の理由であって欲しいと夢を込める。


「パンチラが見えるかなって」


 人の夢とは儚いものであった。


「……そうか」


 様々なものを飲み込んで、彼はたった三文字を呟くしか出来なかった。

 むしろ、たった三文字でも返せた彼の勇気をここでは褒め称えようではないか。


「良いよな、パンチラ……」


「こっちに振るな……」


 たまたま近くを歩いていた女子生徒が驚愕の瞳を向けている。他人なんてお猿さんが気にするはずがないので、頭を下げるのはもっぱら友人として隣に居る彼の役目であった。可哀想に。


 隣で友人が必死に守ってくれていることなど知りもしないで、一人物思いにふけっていた。その表情だけ見れば、色々思えるものもあるのだが、考えている内容がパンチラだというのはなんとも情けない。


「パンツってさ、箪笥に入っている状態とか吊された状態じゃ意味ないじゃん」


「知るかよ……」


「やっぱり穿かれてなんぼなところがあると思うんだ」


 もしも吊された状態にまで興味があったとしたら立派な下着泥棒にでもなっていたのかもしれない。なっていなくても現状、パンチラを望むスケベ小学生になっているだけなのだが。


「あんたも男なら分かるだろ?」


「往来で聞いてほしい内容じゃないことを理解してくれ」


「気にするなよ、僕とあんたの仲じゃないか」


「違う。周囲の視線を気にしろと言っている」


「これだからムッツリは」


 堂々と風を呼んでパンチラを臨もうとしているお前よりはマシだと叫びたい気持ちを抑え込んだ。言えば、この場に於いて奇異な目で見られるのは叫んだ彼になってしまうことは明白であるからで。更にはこれも経験上何度も失敗していることだから。


「幸せを届けてくれると思うんだ。見たらその日一日幸せだって思えるだろ?」


「知るか」


「高校生ってのが良いよな。まだ恥じらいに可愛らしさが交じりつつも大人な下着へと挑戦し始めて」


「頼むから黙れ」


 これまた別の女生徒が驚愕の瞳を向けていた。リボンの色から彼らの後輩、つまり新入生である。このままいけば、中学の二の舞だ。

 つまりは、ヘンタイコンビとしての地位を確立することになる。彼は一切悪くないと言うのに。


 すでに同級生及び上級生に於いてその地位を確立しているため、その噂が新入生に広まるのは時間の問題ではあるのだが、彼としてもせめて少しだけでも自由を謳歌したいと思ってしまうのは仕方がないことだろう。


「男なら堂々と胸を張れよ」


 彼が殴れないのを良いことに、言いたい放題なお猿さんが変わらない満点の笑顔で彼へと振り返る。


「おぅ?」


「ッ」


 春の風とはいたずら好きである。

 あれほど望んだ時には吹かず、望んでいないタイミングに限って吹いてくる。


 風に踊り、彼の目の前で舞い上がるに。

 彼の視線は吸い込まれる。


「……」


「な? 幸せになっただろ?」


「頼むから黙ってくれ……」


 五月蝿いほど揺れ動く心臓を抑える彼を、恥じらいを知らないお猿さんはただ笑うのだった。

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