2章 村人Aは仕事を探す

1:魔王と勇者の為人 その1

「解せぬ。なぜ、この闇の王たるワレが、こんな人間のガキに……」

「ん? なんか言ったか?」


 俺はファミの方を振り向いた。

 村を出て最初の夕方。野宿をするために俺たちは岩場の陰で焚き火の用意をしたていた。枯れ木はあちこちにあるので、あとは魔王に魔法で火をつけてもらうだけだ。


「ほら、火!」

「だから、なぜにワレがさような些事で借り出されねばならぬのか」

「ジェイくんには逆らったダメなんだよー」

「キサマ、仲間の人間に洗脳でもしおったか?」

「ただの村人にそんな力あるわけないだろ」

「さもなくば淫欲の術で体に悦楽を覚えさせ――」

「い、淫欲!?」

「いんよくってこういうのー?」


 ファミが俺の隣に座ると、無邪気に腕に胸をすりつけてくる。気持ちはいいが、淫欲とは違う気がする。癒し系?


「む……。仕掛けているのはこちらからであったか」

「う~ん、でも、あんまり効かないんだよー。ママが男の人なんてこうやったらイチコロだって教えてくれたのにー」

「おばさんの入れ知恵か、これ!?」

「そうだよー」

「そういや、おばさんも凄い胸だったよな」

「ふむ、このままワレの力で骨抜きにしてやるのも手じゃな。そして、木偶としてこき使ってやろう」

「魔王のくせに、そんなテクニックあるのかよ?」

「ふん、人間などワレの触手を穴という穴に入れて人外の快楽を――」

「ちょっと待て! おまえ、触手があるのか?」

「当然じゃ。ワレは魔王であるぞ」

「いや、常識だろって顔で言われても、見たことないし!」

「それはそうであろう。ワレを目にした人間はほとんどが正気を失うからな」

「勇者、どうやって戦ったんだよ?」

「そうだな。確か、ブヨブヨした巨体で、頭から触手を無数に生やして、腕には長い爪、足には水かき、背中にはコウモリのような翼があったな」

「見たのかよ! じゃなくて、なにそれ!? 無節操すぎだろ」

「さすがの俺も一瞬めまいを覚えたほどだ」

「一瞬だけかよ!」

「じゃあ、ファミも大きくなったら触手生えるのかなー?」

「生えるか!」

「え~、ファミもジェイくんを触手責めしたいのにー」

「どこからこう言う言葉覚えてくるんだ……」

「前世の肉体は無理であろうな。まあ、代わりに色々やりようはあるがな」

「で、魔王って男なのか? 女なのか?」

「なにを妙なことを訊く。魔王に雄も雌もないが?」

「……え?」

「魔王と言う存在は唯一無二よ。故に雌雄の区別などない」

「それじゃ、どうやって子孫残すんだよ?」

「子孫など残す必要はない。眷属を増やせばよいだけだ。雄でも雌でもよい。捕まえて、こう触手で子種を産み付けてやればよいだけだ」

「え? 雄でもいいの?」

「かまわぬぞ。腹を食い破って出てくるだけじゃからな」


 なんかえげつないことを聞いた気がする。


「えー? じゃあ、ファミ、女の人にも迫っていいの!?」

「なんで嬉しそうなんだ!?」

「だって、ファミ、女の子も好きだもん」

「どっちも迫っちゃいけません! 確認してからにしなさい」

「そっかー。じゃあ、ジェイくんとセイルちゃん襲う時、先に言うねー」

「ボクも襲う?」

「うん! セイルちゃん好きだしー」


 いきなり、ヤーッと声を上げたかと思うと、ファミはセイルに両手を広げて襲いかかっ、いや、抱きついた。


「あ!? やっ、こらっ、どこさわって……あんっ!」


 普段無表情なセイルが顔を赤くして身もだえしてるのを見るのは楽しい。嫌そうな顔はしていないので、別に問題はない、か? ん?


「一応確認するが、勇者は人間の男でいいんだよな?」

「まあ、一応はそうだな」

「気になる一応だな。まあ、つまり、今にやけているのは勇者の方なんだな?」

「にやけて……ない……んんっ……あふんっ」

「セイルの方か。こら、ファミ、いい加減にしないと、後でセイルが怖いぞ」

「ごめーん、セイルちゃん」


 ファミがようやく体をいじるのを止めると、セイルは上気した頬を冷ますように両手で覆い、ファミを無表情に見る。あれは殺気か? ハアッとため息をついて、ファミを見る。


「で、まだ火はつかないのか、魔王!?」

「だから、ワレを便利器具の代わりに使うな!」


 魔王のダミ声が虚しく荒野に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る