1:告白されたが返事に困った その2
セイルが言った。
「ボク、勇者の生まれ変わりなんだ」と――。
信じてないみたいだと思ったのか、セイルはいきなり目の前の大木を片手で――しかも素手で切り倒した。ついでに根っこの方をスライスして綺麗に整えると、手のひらで研磨してしまった。それが今座っている切り株イスだ。
「手刀に衝撃波を乗せてるから手には負担がかからない。研磨は手のひらを高質化させて指紋でこすってる。やりすぎると指紋がなくなるからほどほどにしないといけない」
なんかわからんが、勇者ってのは熟練の木こりと家具職人の兼任なのか!?
とにかく、それまでのセイルは木剣を振るったりして村の中でもかなり強かったが、ここまで非常識なことは出来なかったので、なにか起こったのだろうと納得するしかなかった。
それが昨日の今頃の話だ。
で、今は話がさらにややこしくなっていた。
「それで、ファミの告白ってなんだった?」
「いや、それは言わない方が――」
「ファミはねー、魔王の生まれ変わりみたいなのー」
「魔王?」
今、セイルからピキッてガラスが割れるような音が聞こえた気がした。
見れば眉間にシワが寄り、こめかみがピクピクと引きつっている。
あー、やっぱりそうなるよな。
「セイル、シワが取れなくなるぞ」
「それはイヤ」
セイルは慌てて眉間に指を当てて上下左右に引っ張り始めた。マッサージしてるつもりなのか、まあ、かわいくはある。
「大丈夫」
マッサージに満足したのか、セイルがひょいっと大木から飛び降りて、俺に顔を近づけてきた。
「今は大丈夫だけど、あんな顔したらシワだらけになるぞ」
「それはイヤ」
「だったら、顔をしかめたりしない。わかった?」
「努力する。ジェイトに嫌われたくない」
「なんで?」
「なんでもない」
「じゃあいいけど。で、ファミ?」
「なに、ジェイくん?」
「その魔王って、ヴァルミドルグ?」
魔王ヴァルミドルグというのはすでに神話伝承の類だが、およそ1000年前にこの世界を支配していた魔族の王だ。そして、人間を中心とした勢力が戦い、勝利した。その軍勢を率いたのが勇者ゼフィレン。最後には魔王と勇者が一対一で戦い、人間側が勝利し、現在まで続く人間の繁栄に繋がった――と言われている。
「いかにも、ワレがヴァルミドルグだ!」
ファミが無理矢理低くしてダミ声っぽくした声で言い放った。
「魔王だからっておかしな声作らなくていいから」
「今のファミじゃないよ? げほんげほん……」
きょとんとした顔で俺を見上げながら腕に胸にすりつけ、手でさわさわと股間をまさぐる。今そう言う状況じゃないだろ。
「ワレがヴァルミドルグである!」
きょとんとした顔のまま、ファミがまたダミ声を発した。そのくせ手の動きは止まらない。
「ええい! そのイヤらしい手の動きを止めぬか! ワレの威厳が台無しではないか!」
「ファミはジェイくんの体さわるの!」
「魔王が人間の体をまさぐるなど嘆かわしいわ!」
「ジェイくんは特別なんだからいいの!」
「なにがいいのだ!」
「いいのっ!」
ファミがひとりで言い争いながら、俺のあそこから自分の手を離したりつかんだりを繰り返す。いや、その動きはマズいだろ。いくら俺の意志が硬くても、あそこまで硬くなってしまうではないか。
最終的にファミの手は俺のあそこをがっしりとつかんだまま止まってしまった。
ん? これってつまり、魔王とファミが体を奪い合って、ファミが勝ったってことか?
「キミたちはいつまでくっついている?」
その間、無視され続けたセイルが眉間に深くシワを寄せて割って入ると、俺とファミの間に手を突っ込んだ。
「はーなーれーなーさい」
むおおお~っとセイルが俺とファミの間に突っ込んだ腕を一気に左右に振り払った。
「うおうっ!?」
ファミががっしりつかんでいた腕がもぎ離されたかと思うと、俺の体はファミと反対方向に吹っ飛んでいた。
やべぇ、これ、木にぶち当たって大怪我するヤツだ。
そう思った瞬間、体が強引に引き戻される。急激な動きに体も頭もついてこない。ふっと視界が真っ暗になり、一瞬意識が遠くなる。
「ジェイト、大丈夫?」
気がつくと、セイルにお姫様抱っこされていた。
「あ、ああ……なんか放り投げられて振り回されて……」
「ゴメン。なぜかちょっと力が入りすぎた」
「いや、ちょっとじゃないだろ。昨日の切り株みたいになるかと思ったぞ」
「……ジェイトをぶった切ったりしないから」
「それは頼む。って、ファミは!?」
「ファミはあっち」
セイルが投げやりに指さす方を見ると、ファミが大木に頭から突き刺さっていた。
「ちょっとシャレにならないだろ、あれは!」
「ヴァルミドルグなら問題ない」
「いや、あれファミだしさ」
むぎゅぅと呻きが聞こえたかと思うと、スポンッとファミが頭を抜いた。ぷはーっと息を吐き、猛然と駆けてくる。
「もう、セイルちゃん乱暴なんだからー! ダメでしょ!?」
「フツーに起き上がって走ってきた!? 大丈夫なのか?」
「へ? 大丈夫だよー?」
「ワレが木に突っ込んだくらいで壊れるわけはなかろう」
「いや、ファミ、一人で二人分しゃべるのやめろ」
「ほら怒られたー。魔王のせいだよ?」
「なぜワレが人間ごときに怒られなければならんのだ!」
「いや、怒ってない。とにかく、ややこしいからやめてくれ」
「じゃあ、ファミが代わりにしゃべるね。えーっと、勇者さんってゼフェレンさんのことかなって、魔王さんが訊いてるよー?」
「やめい! ワレの存在が軽くなるわ! 勇者というならば、ゼフィレンか、キサマ?」
「いかにも」
セイルが少し太い声で言う。いつもからちょっとハスキーなので、ファミほど違和感はないな。
「まさか、これほど近くにいようとはな」
「それはオレも同じだ」
「今度こそ塵も残らぬほど消し去ってくれるわ!」
「オマエこそ薄汚い姿を灰にしてやる!」
「えーっと、これって1000年前の伝説の再現になるのか?」
そう考えると、目まいがしてきた。伝説の対決のはずが、幼馴染みの女の子ふたりが眉間にシワを寄せてにらみ合ってる。見世物としては別の意味でおもしろいんだけど。
視線を感じたのか、セイルが俺をきっとにらむ。
「ジェイト、胸を見比べるの禁止」
「いや、そこ見てないし」
「見るところがないとまで言われた……」
「言ってないし!」
「もっとよく見る。ちゃんとある。どうしてもと言うなら服を脱いで確かめてもいい」
「だから見てないって! そういう状況じゃないだろ、そもそも!」
「ワレと相対しているというのに余所見とは余裕だな、ゼフィレンよ」
「むっ!?」
「食らうがよいわっ」
ファミの体がぼんやりと黒い霧のようなものに包まれた。その中で禍々しい稲妻が光っている。
魔法か? これが魔法なのか?
セイルの方も右腕を腰だめに構え、指をいっぱいに開いた。手のひらに輝く球体が生まれ、次第に大きくなっていく。
これはヤバい。
どう考えてもただじゃすまない。何がって、ふたりの真ん中に立つ俺が。
「1000年前の決着をつけてやる!」
「返り討ちにしてやるわっ! 覚悟するがよい!」
「ええい、やめんかいっ!」
とっさに両手を伸ばして、ふたりの脳天に手刀をぶっ込んだ。
「お、おう」
「はい~」
いつも通りの素直な返事が返ってきて、俺はふたりの顔をまじまじと見る。向こうも驚いた顔で俺を見返していた。
魔王と勇者と俺。三人で顔を見合わせた。
なんかこう、やってることはいつもとほとんど変わらないんだけど、違和感しかない。
声が魔王と勇者のままだったからだ。
その時だった、村の方から悲鳴が聞こえたのは。
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