Chapter 10 どうして!?千里が闇の刺客

 輝石きせきを持つ者が三人集まり、あとは“おうの地”のみとなった。

 そんな中今までの戦いで千里ちさとは三人が闇と戦う姿を写真にしていて、自分もこの中に入ってみたいと思い始める。

 しかし輝石を持たないで何が出来るか、今は戦いの記録を残すのみだった。



 一方闇の城ではアディートとフィリア・ロッサの相次ぐ失敗にリーヴェッドは苛立っていた。


「――リーヴェッド様。ここでわたくしから輝石の神について、わかったことをお教えしようかと……」


 一筋の長い影からの声にリーヴェッドは仮面越しに笑みを浮かべる。


「おぉ、そなたは周りの動きを探るのが好きだったな……して、それは何だ?」

「はぁい。輝石の神が我々と戦いをしているその近くに、輝石を持たぬ存在を見つけました」


 リーヴェッドは眉をひそめる、男は話を続けた。


「それは、異世界の少女でした。私も何者かはわかっていませんが、行く先々を追いかける熱狂的な者でしょう……」

「ほぉ……」


 それをアディートは隅で聞いていた。

 今までの戦いを脳内でまとめる、輝石の神たちのそばにはいつも追い続けている少女が一人。

 輝石を持っている素振りも見せず、デジタルカメラを手にただ動き回って輝石の神と漆黒の闇の戦いを撮影していた。


「――名は知らぬが姿に見覚えある少女、か……」


 そうつぶやくと、何かを閃いた。


「そうか。あの少女を使って、輝石がこちらの手に渡れば……」


 それをすぐに実行しようとアディートは影となって消えた。



 その頃街中であかりと千里は今日の授業を終えて家路に着こうとしているところである、今日も街へ出かけ束の間の休日を楽しんでいた。


「じゃあね、あかり」

「バイバイ千里ちゃん、また明日学校で」


 途中それぞれの道へ別れ帰っていく、歩きながら千里はこれまでの戦いを振り返っていた。


「あかりってだんだん戦いを続けてたくましくなったな……うん、そんな気がする」


 まるで我が子の成長を見守る母親のような気分で回想した、写真で撮っているのもそのためかもしれない。

 いつの間にか千里の中で、次の戦いはいつになるのかという楽しみが出来た。

 あかりたちが転生すると果敢に攻め、神術を放って闇を倒すという姿は間近でアニメかドラマの撮影を見ているような気分だった。


「さぁて、帰ったら写真の整理でもしよっかな」


 そんな独り言を呟いた時だった、突然自分の周りが暗くなる。

 さっきまでは夕方で日が暮れかけていた。


「何これ……停電でもした? なぁんて外なのにそれはないか」


 自分で言って突っこんでいるとすぐに元の明るさに戻った。


「なぁんだ、ビックリした……」


 一瞬のことに千里はホッとした表情を浮かべる。


「――少女よ」


 不意に声をかけられた千里はビクッとする、周りを見ると目の前にスーツ姿の男が立っていた。


「ちょっ……おどかさないでよ!」

「驚いたのはこちらの方だ。そなたに良き時が訪れると見えた……」

「何? あんた、占い師か何か?」

「フフ……その問いの答えを教えよう!」


 男が姿を変えると千里はすぐにハッとなった。

 今まで戦いを写真に収めていてわかっている、名前までは知らないがそれを見て漆黒の闇の一人だと気付いた。


「名乗るほどのことではない、ということか……」


 アディートは怪しく笑みを浮かべた。


「あ、あんたみたいな闇の力なんて、輝石の神がすぐに倒しちゃうんだからっ!」

「輝石の神か……ならばそなたに輝石を取りに行ってもらおう!」


 千里は言われたことに訳がわからなかった。

 するとアディートは右手を前に出す、それは闇の力を放つ合図でもあった。


「な、な、そんなまさか!」

「――ヴァルティウル!」


 アディートの放つ力が千里に入っていく、今まで言葉でしか聞いていなかった闇の力に彼女は真に受けることしか出来なかった。


「何、これ……助けて、あかり……」


 あかりへ呼びかけるが、それも闇によってかき消されていく。

 やがて千里の瞳は徐々に光を失っていき、闇色に染まった。

 同時に彼女の首周りに黒い輪のような物が出来上がるとその場で倒れた。


「――立つのだ」


 アディートの指示に千里は何事もなかったかのように立ち上がる、さっきまで威勢が良かった彼女は消えていた。


「行け。輝石を持つ者のところへ……」


 千里は無表情で頷き体の向きを変えると、あかりの家へ歩き始めた。



 同じ頃、帰宅したあかりはヴェルガと話をしていた。

 母親は今買い物に出ていて、家にはいない。


「ヴェルガ、千里ちゃんに冷たすぎない?」

『――どういうことだ?』

「千里ちゃんは部外者だって、ヴェルガ言ったじゃん。千里ちゃんは私たちのことを理解してくれているんだよ、誰も信じてくれないことを信じてくれてるんだから部外者じゃないって私は思うよ」


 あかりに言われてヴェルガは思い直す、しかし残る輝石を探ることもしないで写真を撮るというそれだけの行動は部外者であることに変わりはなかった。


「……もし、千里ちゃんが私たちと同じ神だったら、ヴェルガはなんて思うのかな?」

『――何か言ったか?』

「ううん、なんでもない!」


 適当にごまかしたその時、家の呼び鈴が鳴る。


「はいはーい。誰だろ?」


 あかりは部屋を出て階段を降りると、真っ先に玄関へ向かった。


「どちら様ですかぁ?」


 呼びかけてみるが返事はない、いたずらかと思いながらもドアを開けた。

 すると目の前には千里が立っていた。


「あれ? 千里ちゃん、どうした……うわぁっ!」


 突然千里はあかりを押し倒す、一瞬のことに何が起きているのかわからなかった。


「――渡セ……」

「えっ?」


 訳もわからないままあかりは起き上がろうとするが、千里の押す力が強くて出来ない。


「千里ちゃん、なんでこんな……」

『――何故だ……』


 ヴェルガがつぶやくように言った。


『――アカリよ、今チサトから黒い気配が発せられている……』


 言われてあかりは驚く、さっきまで笑顔交じりで一緒に帰宅しながら会話をしていた千里がうつろな表情をして襲ってきたことに信じられなかった。


「少女よ、我の元へ」


 後ろからの声に千里は手を止める、何一つ変わらぬ表情で立ち上がるとアディートの横に並んだ。


「あ、あなたは……!」

「輝石を持つ者よ。この少女に覚えがあるだろう?」


 あかりは信じられなかった、千里が闇の手により敵として目の前に現れたということに。


「そなたの持つ“それ”を渡してもらおうか? そうすればこの少女に災いは少ないであろう」


 アディートはあかりが持つ輝石を指差しながら言った。

 輝石を渡せば千里は元に戻るかもしれない、同時に自分が紅き神をやめることを意味していた。

 

「――嫌だ、これは私にとって大事な物だから……」


 しかしあかりの想いは強く、輝石を渡すのを拒んだ。


「物別れか……ならば、力ずくで!」


 アディートは指示を送る、一度首を縦に振った千里はすぐに襲い掛かってきた。


「――輝石ヲ、渡セ……!」

「うわっ!」


 あかりはただそれを避けることしか出来ず、家の外へ出た。


『――アカリよ、何をしている! 相手は闇の者、転生して神術を――』

「嫌だ!」


 あかりは即答で言った。


『――相手は闇の力を手にし者なんだぞ!? 何故嫌なのだ?』


 ヴェルガからの問いに答えられぬままのあかりは、千里からの攻めに逃げ回ることしか出来なかった。


「千里ちゃんはただ操られてるだけ、闇の力があったって千里ちゃんは千里ちゃんだもん!」

『――ぐっ、アカリがそのように言うのであれば……』


 突然輝石は紅き閃光を発す、これはあかりが転生する前触れでもあった。


「――ヴァイス・ファ……やめてっ!」


 ヴェルガがあかりの意識を借りて口を動かしていた途中、あかりは自らの意思でそれを遮った。


『――アカリよ! 突如転生を止めさせるとは、それでも輝石の神か!?』

「私、千里ちゃんに神術なんて出来ないよ!」


 あかりの目には光る物が浮かぶ、それがこぼれ落ちると背後に迫っていた千里の額に当たった。

 今の千里はそれを気にも留めず、なおも追い続けた。


『――出来ないではない、やるのだ!』


 ヴェルガの口調が怒りに変わる、何故転生もしないままでいるのかとも思った。


「ヴェルガはわからないの? 千里ちゃんは、千里ちゃんは……」


 話しながら走っていると次第に疲れが出てきた、あかりはその場で両手を膝につけた。

 数メートル先に千里がいる、捕まるのも時間の問題だった。


「――はぁ、はぁ……千里ちゃんは大切な友達だよ! 神術なんて、出来ないよっ!」


 あかりは強く言うと再び涙をこぼす、その一粒が輝石に落ちた。


『――アカリ……』


 この時、ヴェルガは改めて気付く。

 あかりと千里は二人一緒にいるところが多く、仲良くしている様子を何度も見ていた。

 登下校やお昼休み、水族館へ出かけた時やあかりの家で楽しい会話とすぐに浮かんだことはいっぱいあった。

 あかりにとって千里という存在は、かけがえのない存在なのだということを知った。


「――渡セ……」


 後ろから千里が迫ってくる、あかりは再び立ち上がると再び走ることもなく振り向いた。


「千里ちゃん!」


 不意に呼ばれて千里は立ち止まる、その直後追いかけてきたアディートがやってきた。


「どうした? 輝石を持つ者よ、輝石を渡す気になったか?」

「渡さない……この輝石渡しちゃったら私、魔法少女出来なくなっちゃうから!」


 聞き慣れない言葉にアディートは鼻で笑った。


「輝石を持つ意味はそれだけのことか、大人しく渡してただの少女に戻ってはどうか?」


 この問いにあかりはすぐに首を振った。


「嫌だ、友達に傷なんてつけたくない! たとえどんな姿であっても!」


 すると突然輝石が強く瞬く、転生の詠唱をしたわけでも神術をするわけでもないのにあかりは何故と思った。


「何だ! この光は!?」


 たまらずアディートは目を覆い、後ずさりした。


(ヴェルガ、この光……何したの!?)

『――わからぬ! この強い光は我も見たことがない……!』


 言われてあかりはパニックになりかけていた。


「――ウ、ウゥ……」


 この光を目を覆うことなく、浴びていた千里は呻き声を上げた。


「――ウアアアアァァァッ!!」


 千里は頭を抱えながら叫ぶ、同時に首筋に出来ていた黒い輪は粉々に砕けその場から消えた。

 彼女が倒れて光は止み、その場の時が止まったかのように静かになる。


『――き、消えた』


 ヴェルガが呟くように言った。


「消えたって、何が?」

『――黒い気配だ、チサトが今まで持っていた黒い気配が消えたのだ……!』


 あかりがまさかと思っていると千里は起き上がる、また襲ってくるのではないかと思った。


「あれ? あたし……あ、そうだ! あかり、漆黒の闇が……!」


 いつもの威勢が良い千里に戻っていた、喜びのあまりあかりは抱き締めた。


「千里ちゃん、よかった!」

「何どうしたのあかり、苦しいよ……」


 これを見ていたアディートは信じられない様子で何度も首を振る、闇の力が転生もしない少女に屈しただけに尚更だった。

 彼は何も言い残すことなく、影となって消える。


『――思いもよらなかった、転生をせずともアカリの力だけで闇を封じるとは……これはただのマホウショウジョでは済まされないかもしれぬな……』



 あれから数分後、千里は帰宅した。


「ただいまー」


 すぐさま自分の部屋へ入り、ベッドに倒れこんだ。


「あー何がなんだかわかんないけど、疲れたぁ……」


 ホッとしたのも束の間、千里は起き上がると机上で写真の整理を始めた。

 自然の風景や動物たちだけでなく、人一倍写真の数が多いのは輝石の神たちによる戦いのものだった。


「あかりたちの戦いの記録、だいぶ増えてきたな……アルバム増やそっと」


 などと言いつつ、整理はすぐに終わる。

 その直後、千里の母親が呼ぶ声が聞こえた。

 どうやら夕食が出来たようである。


「はぁいママ、今行くー!」


 イスから立ち上がった千里が部屋を出たその時、天井の一部が波打つ。

 そこに一つ、黄色く輝く石が降りてきた。

 その石は机の上に転がる、見た目上それはまるでビー玉のようだった。

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