第五章 エレナと造られた炎の魔人

第90話 三人の勇者と黄金の聖女

※今まで執筆していた【エレナと不屈の魔導士たち】は没案とすることにしました。つまりは九十話からまた書き直すということです。

この話から第六章として構想していたサラマンダーメイン章を第五章に繰り上げて【第五章 エレナと造られた炎の魔人】を連載していくことにします。

ややこしくなってしまい、申し訳ございません。




 ──シュトラール王国辺境の村 ヴォルゴビエールにて。

 

「──土よアスレイズ!」


 土の勇者ノーム・バレンティアの叫びと共に地面が揺れる。続いて土埃が舞い、目の前でこちらを威嚇しているグリッドウルフ達の足場が崩れた。体が傾き、そのまま地面を滑るグリッドウルフ。そしてその隙をついて四方八方から炎と水の槍が狼の胸を貫いた。動かなくなる魔獣に村人達の歓声がわっと上がる。


「流石勇者様だ!! 我らの救世主希望! その圧倒的な力でセロ・ディアヴォロスに滅びを与えてください!」


 歓声の的であるサラマンダー、ウィン、そしてノームの三人に村人達は尊敬と期待の眼差しを向けていた。そんな中──狼の群れの襲撃によって大怪我を負い、グッタリしている男に寄り添う金色の少女が、一人。


癒せヒーム!!」

「おお…………!!」


 金髪の少女──エレナの呪文詠唱に反応して美しい黄金の輝きが周囲に纏われた。そんなエレナの神々しい姿に周りの村人は目と思考を奪われてしまう。それどころか涙を流し、女神を崇めるかのようにエレナに手を組む者さえいた。エレナはそんな周りを気にする余裕はなく、治癒魔法に集中する。エレナの魔力と体力がごっそりと搾り取られていく感覚がエレナを襲っていた。だが、それは治癒魔法を中断させる理由にはならない。


「ぐ……っ、」


 苦し気にエレナの両眉が寄せられる。そしてようやく男の傷口が完全に塞がり、エレナはようやく力を抜くことができた。エレナに治癒されていた男の妻や子供達が嬉しそうに男に駆け寄ってくる。何度も何度も礼を言う彼らにエレナはにっこり微笑んだ。するとそこで、彼女の体がフラリと傾く。


「おっと。大丈夫か? 今日は何人も続けて治癒したからな」

「! ノーム……」


 咄嗟にエレナの体を支えた逞しいノームの腕がエレナを引き寄せる。そのままの流れでノームがエレナに口づけようとするが、人前であるのでエレナはそんな彼の口を人差し指で引き留めた。ノームは少し残念そうにしつつも、彼なりに妥協したのか額に唇を引っ付ける。


「今日の任務はこれで終わり、だな。念のために明日の朝までこの村に待機しておこう。お前の休息も必要だしな」

「うん……ありがとう、ノーム──って、きゃあっ!?」


 エレナは突然視界が反転した。かと思えば、それはノームがエレナの体を横抱きしたからに過ぎない。周囲の視線に耐え切れず、エレナは顔を真っ赤にした。


「ちょ、ノーム! 皆、見てる、から!」

「だが今のお前はろくに歩けまい。我慢してくれ。おい、村長。すまないが余とエレナはしばらく森を探索する。その間に食事を用意してくれないか?」

「ははぁ!! お安い御用でございます、ノーム様、!!」


 村長がうっとりとした熱っぽい表情でエレナとノームを見つめてくるものだから、エレナは複雑な表情を浮かべる。ノームはそんな彼女に気づきながら、共にヴォルゴビエールに来ていたサラマンダーとウィンに顔を向けた。


「ウィン殿下。すまないが余らはで森にて休息をとる。構わないか?」

「! っ、え、えぇ。どうぞお気になさらず」


 二人きり。その言葉にウィンの顔が歪む。ノームとウィンの視線が意味ありげに濃厚に絡んだ後、ノームはサラマンダーに視線を移した。


「サラマンダーはどうする? 寂しいなら一緒に来るか?」

「は、はぁ!? アンタらの惚気なんか見たくもねぇよ馬鹿! さっさと行けばいいだろう!」


 そうぷいっと顔を背ける彼に、ノームは「そうか」と眉を下げ、エレナを連れて森の中へ足を踏み入れていく。まぁ、サラマンダーは思わず顔を背けてしまったものの、ノームの背中から覗く金髪を無意識に目で追ってしまっているのだが……。


 ──エレナがリリィと本当の意味で姉弟になってから早半年、ひいては「対セロ・ディアヴォロス同盟」が締結されてから八か月近くが経過している。そんな長い期間の中、エレナは同盟のテネブリス代表として勇者三人と人々を守るために戦っていた。四人がこのヴォルゴビエールにいるのも、「同盟国が寄付金や人材などで同盟を支える代わりに悪魔関連だと思われる事例に対して勇者や兵を派遣する」という同盟の条約によりこの村を魔獣から守るという役割があるからである。現在、その周辺に生息しているはずがない魔獣が群れで村や町を襲撃するという事件が大陸中で多発している。枢機卿はそれを悪魔による犯行だと認識し、エレナと三勇者達を派遣する日々であった。そして今ではすっかりエレナの二つ名は「黄金の魔族姫」改め「黄金の聖女」へと変わり、三勇者とセットでその活躍が大陸中で語られている。が、どうやらエレナ自身はその扱いを気に入っていないようだ。彼女はノームの腕の中で頬を膨らませる。


「むぅ。私はもう聖女じゃないって何回も言ってるのに。皆、口を開けば私を聖女聖女って。私にはエレナっていう名前があるのに!」

「ははは。まぁお前の治癒魔法は奇跡も同然だからな。そう呼びたくなるんだろうさ。今の人々には希望が必要なんだ。我慢してくれ」

「むぅ……」


 子供っぽいエレナの反応にノームはクスクス笑った。するとそこで二人の目の前に森で待機していたノームの相棒グリフォンのレガンが顔を出す。


「ぎゃう!」

「レガン! ちゃんと森を監視してくれた? 明日の朝までもう少しここで待っててね」

「ぎゃう~……」


 エレナはそっとノームの腕から降り、寂しそうなレガンを思いきり抱き締める。皮膚をくすぐるようなレガンのモフモフした感触がエレナは大好きだった。ようやくエレナ自身が癒しを得ることができたようだ。


「ノーム、ここに連れてきてくれてありがとう。村にいたら皆が私を好奇心で覗き込んでくるし、あの扱いだからここまで心を休められなかったよ。正直、ウィン様もいたしね」


 ウィン。エレナの口からこぼれたその名前にノームはピクリと反応した。エレナの元婚約者であるウィン・ディーネ・アレクサンダー。今は彼は同じ同盟に所属する仲間であるが、過去が過去だけにエレナにとって彼は今でも気まずい存在ではあるようだ。ノームも恋人の元婚約者である以上彼にいい気分はしないし、ウィンのある言葉が脳裏に焼き付いていた。


 ──『ふふ。貴方がレイナの方に目を向けてくれてよかった。これで気兼ねなく僕はエレナを取り戻すことが出来るわけだ』


 例の婚約式での彼の様子からして、ウィンは自分が婚約破棄をしたにも関わらず未だにエレナに未練があるらしい。いつエレナに接近してくるかわからない。尤も、例え彼がエレナに近づいてきたとしても渡すつもりは毛頭ない。


「……あぁ。当然だろう。余はエレナの未来の伴侶だからな。だが──」


 ドサリとノームはレガンに寄りかかり、エレナを引き寄せる。レガンに体を預けながら、寄り添いあうエレナとノーム。


「レガンだけでなく、余にもかまってくれないか。少し、妬けるぞ……」


 恋人のそんな言葉に今度はエレナが微笑む番だ。そして二人は見つめあいながら、ゆっくりと互いに引き寄せられる。言葉はないものの、相手の表情から愛が伝わってくる。また己自身からも互いへの愛が止まることはない。エレナとノームは唇を重ねた。


(──これから何があっても、ノームエレナは手放さない。手放すもんか。だって、こんなに、愛しているのだから……)


 唇だけではなく、そんな二人の想いも重なった。そんなエレナとノームに新たな試練が待ち構えているとも、知らずに──。

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