/devの繋がる先

 結論から言うと、町には入れた。


 十円玉二枚が現地通貨の銅貨一枚と交換してもらえた。そして、銀貨一枚は銅貨百枚の価値があるらしい。おかげで十円玉600枚を渡すことで町に入場できた。ついでに余った十円玉は、まとめて銀貨一枚と交換して貰えた。


 また、兵の人から町の物価を確認したところ、銅貨一枚が日本円にして百円、つまり、銀貨一枚が一万円相当であることが分かった。ただし、これは主に飲食やお宿などの相場であって、物によっては日本と比べて妙に高価なものもあった。


 それは産業革命後になって、安価に量産されるようになった製品である。


 主に衣服や金属製品だ。これらは一桁から二桁ゼロが多い。


 しかし、それも銀貨を手にした自分には、何ら恐れる必要はない。


「タッ君、ちょっとあっちの建物の陰の方に行くぞ!」


『ぐあ』


 ペンギンな彼を抱えて、人のいない方に向かう。


 そして、建物と建物の間に生まれた、ほんの二、三メートルばかりの物陰で、例のコンソールを呼び出す。打ち込むコマンドは先ほどと同じだ。


 ただし、対象は銀貨である。


[sato@world wallet]$ ls

Bell-Ginka-1


 見ての通り、財布の中の日本通貨は抜いてポケットに容れてある。


 混ざると面倒だ。


 コンソール上では、こんな感じで扱われている。


[sato@world items]$ ls

wallet 10-Yen-1 10-Yen-2 100-Yen-1 1-Yen-1 1-Yen-1


 どうやらリアルタイムで反映されるようだ。


 タイムスタンプの扱いとかめっちゃ気になる。


 いや、黒い画面の謎解きは後にしよう。


 それよりも本日の寝床を確保するため、銀貨をcpである。


[sato@world wallet]$ mv Bell-Ginka-1 Bell-Ginka

[sato@world wallet]$ for((i=0;i<1000;i++)); do cp Bell-Ginka Bell-Ginka-$i;done




---mvコマンド---

ファイルやディレクトリの移動、名前の変更に利用するコマンド。

知らない内に大切なファイルが消えていたら、だいたいコイツのせい。

Linuxコマンドきっての初心者殺し。

------------------




 コマンドを打ち込むのに応じて、魔法陣と銀貨が現れた。


 十円玉と同様に、どちゃっと地面に現れた。


 これを先ほどと同じように、ジャケットで包んで確保する。以前のコマンドで発生していたバグも修正済みなので、コイン一枚分を損することもない。


「これはたまりませんわ」


 当面、活動資金には困ることもあるまい。




◇ ◆ ◇




 無事に本日の宿を確保することができた。


 また、通りの賑やかな場所で両外商を発見。銀貨を金貨にすることで、ジャケットを再び羽織ることができた。金貨は一枚で銀貨百枚とのこと。


 つまり金貨一枚は日本円で百万円の価値がある。


 それがお財布の中には十枚も。


「人生イージーモードの予感」


『ぐあ』


 宿屋のベッドに腰掛けて、誰に言うでもなく呟く。


 するとタックスが鳴いて応じた。


 そういえばコイツ、餌とか必要なのだろうか。


「……タッ君、なんか食べる?」


『ぐあ』


「…………」


 まるで判断が付かないけれど、食べたいと仮定しよう。


 そろそろ日も暮れるし、晩ご飯を食べるには丁度いい頃合いだ。


「下の食堂にご飯、行く?」


『ぐあ』


 なんかこう、反応の薄い上司とペアで出張でもしている気分。


 ペンギンな彼を両手に抱いて部屋を後にする。


 向かった先は宿屋の一階フロアで営業している飲食店だ。空いていた二人用の向かい合わせのテーブルに腰を落ち着ける。正面の椅子にタックスをぽんと置く。


 卓上にメニューを探すも見当たらない。代わりに壁の高いところに掛けられているお品書きと思しき木の板に目を通す。


「…………」


 ミミズがのたくったような文字だ。


 初めて見る。


 でも何故か読める。マジ怖い。


「タッ君、なにがいい?」


『ぐあ』


「…………」


 察しろよ、ということなのだろうか。ますます上司っぽい。


 いや、こっちの声に反応して鳴いているだけの可能性も微レ存。


 そうこうしていると店内に大きな音が声が響いた。


「なんだぁ? そこの黄色い野郎、まさか亜人かぁ?」


 イエローモンキー警報発令である。


 これでもかと絡まれた予感。


 声に応じて背後を振り返ると、そこには顔の怖い大男が立っていた。手には酒の入ったグラスが握られている。既に結構な量を飲んでいるらしく、顔を赤くしている。周りにお客はこれを見て見ぬふりだ。


「お、こっちを見やがったぞ」


「…………」


 どうしよう、全力で補足されている。


「おい、こっち見たよな? どうなんだ?」


 近づいてくる。マッチョがこっちに歩いてくる。


 そのままガスっと一発、景気よく殴られてしまいそうな気配を感じる。丸太のような腕や足を眺めていると、生命の危機を感じる。背丈も自分より遥かに高い。二メートル近いのではなかろうか。


 こういう時に便利なコマンドとか、あったりしないだろうか。


「…………」


 ないよな。そんなのないってば。


 攻撃力の高いコマンドとか、あったらむしろ怖い。


「おいおい、ゴンズのヤツがまた酔って絡み始めたぞ」「どうしようもねぇヤツだな」「誰か止めてやれよ、また殴られたヤツの鼻が折れちまうぞ」「そうは言っても、ゴンズは腕っぷしだけはスゲェからな」「止めたこっちが怪我しちまうぞ」


 いや、待てよ。


 ある、あるぞ。攻撃力が高いコマンド。


 いいや、攻撃力というと語弊があるかも知れない。


 影響力があるコマンドだ。


[sato@world ~]$ wall

止めるのです、その者をからかってはなりません!


Broadcast message from sato@world(pts/1214891):


止めるのです、その者をからかってはなりません!




---wallコマンド---

ログインしている全ユーザーにメッセージを送信する。

「レポートが一段落したら、メシいかね?」

「お、いいね! 腹減ってたんだよ」

-------------------




 ターミナルに入力した文言が、耳から入ってくる音とは別に、脳裏に反響する。滅多に使うことのないコマンドだから、スペルミスがなくてよかった。


「っ……」


 応じて男の動きが止まった。


 理由は今まさに、自らの脳裏にも与えられた天啓が如き声だろう。咄嗟にブロードキャストしてしまった点がちょっと不安。店内に居合わせた人々にも聞こえたようで、戸惑う様子が見て取れる。


「おい、なんか今、変な声が聞こえなかったか!?」「耳から聞こえた訳じゃないよな? なんだこれ」「え、アンタも聞こえたの?」「頭の中に直接響いてきたような声だったのだけれど」「っていうか、その者ってあの黄色いやつか?」


 このシステムのユーザ数ってどのくらいだろう。


 そもそも名前が被っているユーザとか、どうしているのかと疑問でならない。決して少なくない数が存在しているはずだ。


「…………」


 あまり深く考えるとドツボに嵌りそうである。少なくとも自分が知っているソフトウェアとは別物だと考えるべきだろう。


 こちらの世界のあれこれにアクセスする為の手段に過ぎないのではなかろうか。それこそカーネルに対するシェルのようなもの。


 そもそも事物を個別に数えていたらiノードが幾ら在っても足りない。


[sato@world ~]$ w

Permission denied




---wコマンド---

現在ログインしているユーザや関連するプロセスを表示するコマンド。

---------------




 おぉう、怖いなぁ。


 カスタムされている。というより、現物に合わされているんだろう。


 おかげでwallコマンドがどこまで届いているのか気になる。


「なんだよ、今のはっ!」


 男が狼狽えている。


 コマンドが自分以外にも影響を与えていることはcpやwallで理解できた。そうなると世界との接点はどうなっているのかということである。


 怪しいのは/devだ。


[sato@world ~]$ ls /dev

null stderr stdin stdout tty tty0 tty1 tty2 tty3 tty4 world




---/devディレクトリ---

デバイスを操作したいときに利用するファイルが置いてある。

本来ならcpuやsdaといったデバイスファイルがあるはず。

------------------------




 色々と足りていない気がする。


 cpuだとかdiskだとか、リソース関係のものがゴッソリとなくなっている。


 一方で後ろの方に見慣れないヤツを発見。


 試しになんか流し込んでみよう。


[sato@world ~]$ echo 'HOGE' > /dev/world

HOGE




---echoコマンド---

引数で指定した文字列をコンソールやファイルなどに出力するコマンド。

上記の場合は、'HOGE'という文字を、/dev/worldに突っ込んでいる。

-------------------




 くそう、なにも起こらない。


 標準出力にアウトされただけじゃないの。


 こうなるとコマンドで解決するより、お酒の一杯でも奢った方が早い。


 幸い懐は温かいのだ。


「貴方の鍛えられた肉体が素晴らしいもので、思わず見てしまいました。取り分け胸元の鍛え方が素晴らしい。気を悪くされたのであれば申し訳ありません。もしよろしければ一杯奢りますんで、それで納得してもらえませんでしょうか?」


「おぉ? この筋肉の良さが分かるか? 黄色いの」


「ええ、それはもう。同じ男でも惚れ惚れします」


「なんだよ、なかなか見る目があるじぇねぇか」


 満更でもない表情になるマッスル。


 よかった、財布ごと寄越せ、みたいなルートに突入しなくて。


 しかし、おかげで一緒に飲む羽目になってしまった。晩ごはんにお酒は欠かせないが、相手が怖い顔のマッチョというのはストレスフルだ。ソロで宅飲み至上主義者としては、パソコンのディスプレイこそ最高の飲み友達である。


「それでコイツよ! 誘いの森で手に入れた魔法書だ」


 気分を良くした男は、あれやこれやと自慢を語り始めた。


 そうしたやり取りの過程で、懐から何やら一冊本を取り出した。


「魔法書、ですか?」


「なんだオマエ、魔法書を知らねぇのか?」


「あ、はい」


「そういうことなら、俺が教えてやるとしよう」


「ありがとうございます」


 なんだよこのマッチョ、以外と気が利くじゃないか。


「魔導書っていうのは魔法について書かれた本なんだよ」


 そのまんまじゃないか。


「俺みたいな魔力がないヤツでも、これと魔石を使えば魔法が使えるんだ。本の中には大量の魔法陣が書かれていてな。それと魔石の魔力とを利用して、魔法を発動させるのが魔法書の仕組みらしい」」


「なるほど」


「魔法書も紙っペラ一枚の簡素なヤツから、俺が手に入れた分厚いものまで、いろいろとあるんだよ。それで世の中的には、厚ければ厚いほど、そこに記された魔法はヤバイっていうのが世の中的な話だ」


「つまりそれは、とんでもなく価値があるんですね」


「へへ、そういうことだぜ? どうだ? スゲェだろ?」


「とても気になります」


「読んでみてぇか?」


「え、いいんですか?」


「もう一杯奢ってくれたら、読むだけなら見せてやるぜ?」


「ぜひお願いします」


 話の流れで魔法書とやらを見せてもらうことになった。


 手渡されたそれをテーブルの上で広げてみる。


 するとたしかに、そこには大量の魔法陣が記載されていた。まるで電子機器の基盤をまとめたような代物である。


 そこでふと思った。


 テーブルの天板に隠して、コンソールを起動する。


[sato@world ~]$ cd items

[sato@world items]$ ls

Goka-no-Sho Wallet


 あった。


 これって上手くやれば足元にcpできるかも。


[sato@world items] cp Goka-no-Sho Goka-no-Sho.org


 コマンドを打つに応じて、机の下で何かが輝くような気配。


 これに構わず追加で確認。


[sato@world items] ls

Goka-no-Sho Goka-no-Sho.org Wallet


 やったぞ。


「オマエ、そこになんか黒いもんが……」


「っ……」


[sato@world items]$ exit




---exitコマンド---

ログアウトするコマンド。

------------------



 大慌てでコンソールを消す。


 相手が酔っていることも手伝って、幸い気づかれることはなかった。


「……気の所為か」


「どうしました?」


「いや、なんでもねぇよ」


 それからしばらく、男が自慢に満足して席を立つまで、会話に付き合う羽目となった。足元にコピーされた物を回収したのは、その姿が店の外に消えて、見えなくなってからのことである。


 めっちゃヒヤヒヤした。


 ただ、おかげで素敵なアイテムをゲットすることができた。


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