裏庭に幽霊なんていない
入間しゅか
第1話 利根川さんは不思議な子
供養していた。穴を掘って、クシャクシャに丸めた紙を入れる。紙には忌々しい数字、0が書かれいる。0点の答案用紙。私の存在価値を示しているようだ。
当てずっぽうで書いたら一問は当たるはずの記号問題ですら一点も取れないとは世も末だ。実は世も末だと言ってみたかっただけ。
どうせ、いつかはバレる。なんであんたはそんなに勉強ができないの?と母に問い詰められる。できないものはできない。わからないものはわからない。これは真理だよ。真理と使ってみたかっただけ。
勉強ができなければ、運動もできない。そんな私に数学の先生は意地悪だ。
「はい、この問題の答えは?」
私がわからないを知っていて当てるんだ。
俯いてたら、先生は得意そうに言う。
「わからないやつはすぐ俯いて考えるフリをする」
せめてもの反抗は決して泣かないこと。あえて、笑顔でいること。
英語の先生はもっと意地悪。なぜ、日本語もろくに出来ない私に英語ができると思ったの?
「これは一年生でもわかる」だなんて言うけれど、私はその一年生で躓いたの。
「これもわからないの?みんな彼女のように勉強しない子にはならないように」だってさ。私が勉強してないとでも?してないけども!
ある日の休み時間、クラスメイトの利根川さんが言った。
「ねえ、平松さんはどうしてそんなになにもできないの?」恐ろしいことだが、利根川さんに悪気はない。奇人変人で知られる彼女は時折心の臓を抉る疑問を投げかける。
「私はね、できないんじゃない。やり方を知らないだけ」つまり、できないのである。利根川さんは首を傾げて「ふーん」とだけ言って自席に戻った。
利根川さんは実に珍妙な人物で、なにかと私に質問しては去っていくのである。私を笑うクラスメイトは幾らでもいるが、私に興味を持つクラスメイトは利根川さんの他にいなかった。彼女は運動はてんでダメだったが、勉強は人より出来た。どこが珍妙かと言うと誰にもわからない。だが、皆ただならぬ雰囲気を彼女に感じているのは確かだった。抑揚のない話し方と、必要以上に語らない寡黙さが彼女に未知を纏わせているのかもしれない。彼女は背伸びして化粧をすること、流行りのドラマ、流行りの音楽、誰が誰を好きだとか、女の子の日はいつ来たかとかと言ったおおよそ、我ら中学生が興味を持ちそうなことに何にも関心を示していないように見えた。
何を考えているのかわからない彼女を皆触らぬ神に祟りなしだと畏れ遠ざけていた。できるだけ孤立させようとしてる風にさえ見えた。
つまり、笑いものの私と、変わりものの利根川さんはクラスメイトの弾かれ物同士だった。
だからといって、私たちは仲がいいわけでも仲間意識もない。私は利根川さんのことを近づき難いと思っていたし、利根川さんは何を考えているのかわからなかった。
例年にない暖冬になった今年の冬。だが、たまに思い出したように寒気を連れてくる。
そんな冬が本気を出したくそ寒い日。放課後、まっすぐに家に帰るはずだったが、宿題ができずに居残りを食らった。
「まったく、英語なんて宇宙の言語だよ」などと独りごち。文句を言っても宿題は終わらないのである。教室には私だけ。
「終わったら、報告に来なさい。勝手に帰らないように」と意地悪英語教師。本当に意地悪。
グラウンドにはこの寒さに負けじといつもより気合いの入った野球部の掛け声が聞こえる。
君たちは寒い中練習かもしれんが、私はぬくぬくと教室にいられるのだよ!と威張ってみるも、惨めになるだけだった。
宿題は一向に進まず、時計を睨んでいた時、突如勢いよく教室の引き戸を引く音。私は思わず背筋を伸ばして、ノートに向かう。
「ねえ、平松さん。猫好き?」
てっきり、先生だと思い込んでいた私は声の主が利根川さんと分かると安堵と戸惑いの入り交じった気まずさを感じた。
「猫?なんで猫?」
尋ねながら、声の方を向くと、利根川さんがいた。いや、声がしたからいるのは当たり前なのだが。猫を抱いていた。
「なんで猫?」思わず二度同じことを訊く。
猫は人に慣れているのか、大人しく抱かれている。猫は三毛で毛並みや、埃っぽい見た目から野良に見える。
三毛と利根川さんが私を見ている。
「うん、猫。好き?」
私は何かただ事ではない気がして唾を飲む。
「好きだけど?」
「よし」と言って小さく頷く利根川さん。もちろん、何が「よし」なのか私にはさっぱりである。
「え?なに?その猫どうしたの?」
「この猫、一週間前から裏庭に住み着いてる。私が世話してるの」
猫を撫で撫で淡々と落ち着き払って答える利根川さんはやはり何を考えているのかわからない。
「猫。好きなら一緒にお世話しよ」
「は?」
こうして、私は利根川さんと猫を飼うことになった。もちろん、裏庭で動物を飼っていいルールはない。
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