第2話 何だろう、そうかこれは夢だ。

 始業式が終わり、学校が終わり、自転車を漕ぎながら昼ご飯のカロリーメイトを頬張る。家に着いた琢磨は、すぐに作務衣に着替え作業室に入った。

 二週間前くらいに作り、乾燥させていた葛城山(土蜘蛛)などに使われる大きい鬼面に和紙である石州和紙を貼り始めた。

 面作りは初めに石州和紙を水につけ面に貼っていく。これを水張りという。しわができないように引っ張り伸ばしながら全体に貼っていく。さらにその上に和紙を同様に貼り重ねる。柿渋とのりを混ぜたもので三枚重ねにした和紙を貼っていく。慎重に和紙が破れないように引っ張りながら貼る。引っ張りながら貼るを多用しているが、この工程が一番大切。なぜなら、そういう貼り方をすると乾燥して縮むときに硬くなり強度が増していく。和紙の端は擦り馴染ませる。そうすることで繊維が複雑に絡み合いさらに強度が増し、壊れにくい神楽面が出来る。

 次に天日干しにして一日置く。これでもまだ完成とは全然言えないのである。ただ、和紙張りの作業の序盤が終わっただけである。

 乾燥させて何もすることがない空いた時間に琢磨は宿題をすることにした。

・・・

 一時間後、宿題も残り半分となった時だった。呼び鈴の音が聞こえた。琢磨は玄関へ行き、ドアを開ける。

 そこには、蛇胴職人の日和 鳴子(にちわ なるこ)がいた。神楽面職人と蛇胴職人、衣装職人は切っては切れない間からである。

 鳴子さんからは良く鳴子さんの畑で取れた野菜を貰っている。ありがたいことだ。

 今日は野菜の入った段ボールを持ってきていた。


「あ、いつもありがとうございます」


 琢磨は頭を下げた。鳴子は、


「いや、良いんだよ。一杯取れても食えなくて腐らしたら野菜に悪いからな。それにお前は神楽面作りといいご飯の腕も良い。お前さんに任したらおいしくなるから野菜たちも喜んどるよ」

「あ、ありがとうございます」

「それでな、今日はこれだけじゃなくて、ちょっとお願いごとがあるんだが、……いいか?」

「何ですか?いつもお世話になってる鳴子さんのお願いとならば何でもお受けいたしますよ」

「お、これは心強いね。今日はなちょっとお前さんに弟子を取ってもらえねぇかと思ってな」

「弟子ですか……」


 琢磨は考えた。まだ神楽面作りを始めて三年くらいしか経ってない俺が弟子なんてよいのだろうか。俺以外にも腕の良い職人何て島根に行けば一杯いる。あっちが本場なんだからあっちで弟子にしてもらえればいいのではないか。

 うーん、と悩む琢磨を見た鳴子は、


「とりあえず、一ヵ月だけってことでお願いできないか」

「今日から一ヵ月だけ……」

「ダメか?」

「いや、全然OKなんですけど、まだ神楽面作りを始めて三年くらいしか経ってない俺が弟子なんかいいのかなって思いまして」

「なぁに大丈夫さ、なんせお前は今、神楽面職人の中で一番輝いてるんだから」

「輝いているっていうか依頼が来ているだけじゃ」

「そう、だからお前に任せたい」

「いや、依頼って言っても五つだけですよ。それだけで若手で売れているってのはちょっと。それに鳴子さんほとんどの神楽団や社中から依頼が来ているじゃないですか」

「俺がお前の腕を見込んでなんだ。俺の目はまだ腐っちゃいねえよ」

「……現役の蛇胴職人の鳴子さんに言われたらこれ以上は何も言えませんよ」

「納得してくれたってことでいいんだな?」

「もちろんです」

「良かった。本当は本場の島根へと思ったが、ちょっと怖くてな。一番信頼のおけるお前にだったら任せれると思ってたんだよ」

「やっぱり島根に行かせようと思ってたんですね」

「そりゃあ、本場じゃけんね」

「それもそうですね」


 と、少し笑った。そして、


「じゃあ、今から呼んでくるわ」


 そう言って鳴子さんは駆け出した。琢磨は天日干しにしていた神楽面の様子を見ながら時間を潰した。

 数分後。「おーい、琢磨」と大きい声で鳴子さんが琢磨を呼んだ。

 「はーい」と相槌ちを打ち、声のする方へ向かった。


「それで、俺の弟子になるって人は誰ですか?」

「おおう、それは姪だよ」


 そう言って鳴子さんは「撫子~」と呼ぶ。

 撫子って珍しい名前だなと思っていると、


「こいつ、俺の姪である日和 撫子(にちわ なでしこ)が今日からお前の弟子となる人だ」


 琢磨は男かと思っていた。しかし、琢磨の前には、銀髪ショートの天然パーマ。目が碧眼で顔立ちが海外っぽいハーフの美少女がいた。

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