豊穣の女神の遣い

アーエル

第1話


この世界には【 人の姿をした人ではないモノ 】が存在する。

人の姿をしているが全裸で尻尾があり、『立って歩く』ことはせず四つん這いで移動する。手を使って食事をすることもなく、直接、皿に口をつける。人のような意思や感情はなく、自我すらあるかどうかも分からない。言葉は理解出来るようだが話す言葉を持たず、時折なく声が聞こえる。

そんな彼らは神聖国にある主神殿の奥院おくのいんで保護されている。


彼らは通称【 猫 】と呼ばれている。

個体を示す名もない。首輪に識別番号が付けられていて、その番号が彼らの名であり、食事や排泄なども首輪で管理されている。生殖機能はもたず、『妊娠した猫』 が見つかったことは一度もない。それにも関わらず、奥院では時々【 仔猫 】が見つかる。生態は把握されていない・・・表向きには。



【 猫 】は『神殿に売られて人権を奪われた人間だった者たち』で、神殿に連れて来られた時に口にした食べ物や飲み物の中に生殖機能を破壊させる『不妊薬』が含まれている。

着けられた首輪で『人だった頃』の記憶や日々培って生まれた自我や知識などがすべて封じられ、身体が命じられた通りに動くようになっている。動物の尻尾を模したものがお尻に差し込まれていて簡単に抜くことは出来ない。


猫たちは首輪で管理されているため、決められた日時に決められた部屋へ連れて行かれる。そこで人々が見守る前で排泄を命じられる。それが出来るのも、首輪が脳を完全に支配下に置き猫をコントロールしているからだ。


ちなみに排便はない。腸内にはスライムが入れられていて、排泄物を餌としている。そして尻尾の先に付いた栓でスライムは出てこない。スライム自体に重さはないが、腸を移動する感覚はある。

排泄が首輪で管理されて『収穫』されているのは、猫の尿はオスとメスで分けられて『聖水』としてお香に混ぜられたり販売されているからだ。


【 仔猫 】は小遣い稼ぎで攫われたり、実の親に小銭のために売られた子供がほとんどだ。中には、貴族の次期後継者として生まれたものの、存在をうとんだ身内の手によって神殿に売られた子供もいる。正妻以外の女性に手を出して出来た子供が正妻に存在が見つかって売られることもある。



今まで、彼らみたいな立場の人は各地で無惨な殺され方をしていた。それを神殿が小銭程度でも買い取り、人権も人格も記憶もすべて奪われて二度と神殿の外に出ることが出来なくなる。

そして、首輪を外されてしまえば、彼らは心臓が止まって死んでしまう。唯一、首輪が故障したりして交換が必要になった時だけ外すことが出来る。首輪は伸縮するため、【 仔猫 】だったモノが【 成猫 】になっても首輪の直径は少しずつ広がっていく。幅広だった首輪が、成猫になった時には3センチ幅まで伸びていくのだ。そのため、首輪は個々のデータを記録していき、それにあわせて猫を操ることが出来る。



「無残に殺されるはずだった生命を神殿われわれは『二度と神殿から出さない』という条件の下で保護しているのです。記憶を消すのは、家族を懐かしみ自害を防ぐためです。・・・あなた方はそんな罪のない気の毒な方たちに「今まで通り殺されればいい」とでも仰いますか?」


人々が神殿に保護という名で売却されるようになった千年以上も前に、ひっそりと誕生した【 猫 】の制度。それにはもちろん反発が出た。それはそうだろう。人権も自我もすべて奪われて、神殿の奥深くで『奴隷ほうし』として扱われるのだ。

しかし、神殿側賛成派は反対派に訴えた。

すべての権利を奪われた【 死者 】となっても、実際に殺されるよりは良いのではないか?と。当時の被害者は10歳以下の子供たちがほとんどだ。

その言葉に賛同する国民がほとんどを占めるようになったのは、この国が『信仰の国』だからだろう。


「神官様の仰る通り」


それが身についているからこそ、家族を取り戻しに主神殿に向かった人々ですら、最後は納得して帰っていく。それも、身も心も『神殿の教え』に深く染まって。


そして売却された人々が【 死者 】から【 人の姿をした人ではないモノ 】と名を変えたのは800年ほど前のこと。ある日を境に、この世界は神聖国に従うことになったからだ。

・・・何が起きたか、当時の人々でも分かっていない。

同時期に全人類が神聖国に跪き忠誠を宣言した。貧富の差も老若男女も貴人も罪人も変わりなく。個人の日記でも公的な記録でも、その日には共通の一文が記載されていた。


『神聖国に各国が信仰する神々が降臨された』


神聖国の領主のひとりが残した日誌には、この日のことが詳しく書かれていた。


『私は朝から、不思議な高揚感が湧き上がっていた。それは昼前になると、叫びたい衝動が爆発寸前にまでなっていた。

王都の主神殿で何か起きている。・・・そう考えが至った瞬間、世界が闇に包まれた。しかし、その闇から漂うのは恐怖ではなく安らぎだった。まるで眠りを誘う夜の様な。

そんな中、主神殿の方角で煌々こうこうと輝き、世界各国の神々が降臨され、主神殿の前に跪く姿が闇の中でも見えた。その様子が何故見えたのか。それは神の御業みわざだからだろう。ただ、闇が晴れた直後から各国の王たちが神聖国に集まり神殿の前で神々と同じように跪いて永遠とわの忠誠を誓い、よろこんで隷属国にくだった』

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