桜花は一片の約束~忘れないために……

大月クマ

いつか来た道

 この季節になると、大通りに植えられた木々は淡いピンク色の花を咲かせる。

 春を告げるその木々は、子供の頃から『サクラ』と呼ばれていた。


 自分自身、それほどこの花を意識したことはなかった。しかし、この季節になるとなぜか探してしまう。

 これを好きという事なのだろうか。

 だとしたら、私はサクラが好きだとう事なのであろう。


 私が長い旅に出ると知った家族から、その苗木を盆栽として渡された。


 遠くに離れても、故郷のことは忘れないために、と……。


 正直言って、私は最初は困惑した。

 この旅には個人的持ち物に上限があったからだ。しかし、そんな規制の中でも渡されたものを、受け取り個人の持ち物としてその盆栽を登録した。


「植物はダメだろ」


 やはり私は、潜在的にサクラが好きなのであろう――って、それぐらいいいだろ?


 同僚が私の盆栽にケチをつけてきたのだ。

 まるで汚物でも見るような目で、盆栽をなめ回し、ハンドツールで検査しはじめた。


「この器に入っている土も枝も汚染されていないか?」


 そんなことはない――いやいや汚染ではない。


 そこには有意義な細菌はいるかもしれないが、それは欠けてはいけないものだ。

 その昔、地球環境を模した閉鎖環境で実験したことがあったという。

 海も、川も、陸地なども再現し、植物を植えて植物連鎖を模索したとがあった。しかし、結果は散々なものであった。そこでは地中の微生物を、不要と排除したからであった。殺菌された土に植えられた植物はことごとく枯れ、そこから得ようとしていた酸素も取れることはなかった。

 不要とされたものも実は必要なものであったのだ。

 微生物は害もあるかもしれないが、有意義な場合もある。


「なるほど。有意義ね……。

 それで、こいつはいつ花を咲かせるんだい?」

「適切な温度管理をすれば、年に一度だ」

「年に一度だけか……温度をコントロールすればもっと咲かせられるんじゃないのか?」

「――いやいや。生物を都合よくコントロールすることはよくない」

「うちらのご先祖もやってきたことなのに?」


 同僚は不思議そうな顔をする。そして、


「お前さんが、故郷で呼んでいた『サクラ』も目の前の枯れ木も、人間が都合よく操作したものだろ?」


 言われてみれば確かにそうだ。

 故郷の大通りにあったサクラは、遺伝子操作やらで組み替えてその場所植民地の大地に植えられたものだ。


「ホントにこの枯れ木は『サクラ』なのか、考えたことがあるかい?」


 同僚に言われ、なんとなく『サクラ』を好きになれなかった答えが見えたような気がする。

 子供の頃から見ていた淡いピンクの花は、都合よくコントロールされた植物がたまたま似た花を咲かせたから……。

 似ていたから先祖が『サクラ』と呼んだ。


 ただそれだけの花なのかもしれない。


 だとすると、なんだか目の前の盆栽への親しみが薄れていく。

 家族から渡された盆栽だが、このままに投げ出したいぐらいだ。


「だが、祖先が『サクラ』と名付けたのだ。咲けば見事な花が開くんじゃないのか?」

「それは……」


 ふと同僚はパネルの外を指さした。


「おお、もうこんなところまで来ているのかッ」


 私は外の世界に感動をした。

 初めて肉眼で見た。初めて見る碧い星。碧くきらめくこの星は、人々の故郷である地球Earthだ。

 私の故郷は海はあっても酸化鉄のおかげで赤黒い。大地も赤茶けている。だが、眼下に広がる碧い星は……頬を一筋の涙がしたたるのを感じた。


「なんと美しいことだ」


 すべての人々はここから旅だった。

 そして、私達もこの星に別れを告げて旅立つ。


 目指すは最も近い太陽外の恒星プロキシマ・ケンタウリ。


 故郷Marsを飛び立った船は、太陽Sunを大きく周り、この碧い星重力を利用して加速スイングバイする。その加わるスピードは、この長旅にはしては微々たるものだ。


「この星でも『サクラ』は咲いているのだろうか……」


 ふと、手元にある枯れ木を見た。

 なぜ似ているだけかもしれないこの植物に『サクラ』と名付けたのか。


「故郷を忘れないために……」


 私の故郷はこの星Earthではないが、この『サクラ』を見て思い出してほしい。


 それが祖先からの約束だ。

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桜花は一片の約束~忘れないために…… 大月クマ @smurakam1978

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