すべて雪の日のマノワール

エリー.ファー

すべて雪の日のマノワール

 父が亡くなった日も。

 雪が降った。

 僕は一人煙草を吸い。

 父のことを思い出そうとして、やめた。

 余り。

 そう、余り。

 仲は良くなかった。

 僕は父親のような生き方はしたくはなかったし、父は僕のような男のステレオタイプのような生き方を認めようとはしなかった。男らしさというものに疑問を持つような、そういう偏屈な男だったから、僕が友人づきあいで仕入れた男らしさというものを心底嫌っていた。

 大体、こういう話は父親が息子に男らしさを押し付けるものだと思う。

 しかし。

 僕と父に限っては違う。

 父は、僕に男らしさという評価基準を持つべきではないとこんこんと説教をした。

 僕は。

 僕は無視をした。

 そのせいで、不幸になった。

 ということはない。

 なんということはない。

 もちろん、男らしさというものを持とうとしたせいで妙な苦労をしてしまったとは思う。

 しかし。

 それだけのことだ。

 別に死にたくなるほどの苦労をしたわけではない。

 母は、父が亡くなって直ぐに色々と話してくれた。

 父が元々、女で、僕は母の連れ子であったこと。

 当然。

 父との間に血のつながりはなかったこと。

 父の交友関係は幅広く、それこそ裏社会の人間から、表の世界で活躍するような有名人までとよく遊んでいたこと。

 それを。

 常に隠そうとしていたこと。

 理由は。

 もちろん尋ねた。

 母は。

 答えなかった。

 死んでも。

 死んでしまって、父の声を聞こえなくなった今でさえも。

 父のことをすべて明かしてはもらえなかった。

 本家と分家というものがしっかりと別れ、その中で歩くことのできる道も決まっていて食べるものも決まっていて、一族の中での儀式の役割も決まっていて。

 そういう中で生きていくために不必要な情報は僕の耳には入らない。そうやって僕の人生は、誰かの優しさという名のおせっかいで、隅から隅までデザインされているのだろう。

 雪が降っている。

 降り積もっている。

 草木の上に雪が積もることで生まれた影が、雪の上へと落ちている。そのおかげで、目の前の世界が平面ではないことを理解できる。少しでも気を抜いてしまうと、巨大な白い画用紙が目の前に張り出されていても気が付かないだろう。

 僕は、この場所で父親とよく遊んだ。

 けんけんぱ、だったか、サッカーだったか、縄跳びだったか。

 いや。

 父親ではなくてお手伝いさんだったかもしれない。

 煙草の煙が揺れる。

 少しだけ風が吹いているのだろう。

 なんとなく寒いような、そんな気がする。

 顎を僅かに上げて空を見る。

 斑のない白が広がっている。

 それこそ、白い画用紙のようである。

「煙草、吸うなって言われてたのにな。」

 父親との会話の断片が幾つも浮かんでくるのに、ニコチンが邪魔をする。

 いつもは思い出させてくれる最高の相棒だというのに。

 家の中で誰かが走っていることが分かる、背中に触れている窓が揺れているし、実際、耳でも足音を聞くことができる。

 太く、大きく、乱雑。

 伯父さんだ。

 あの人はがめつい。

 遺産がもらえるのか気もそぞろになり、歩かずにはいられないのだろう。

 ああいう金のことは面倒だ。兄さんと弟たちに任せてしまおう。

 そう、心に決める。

 二本目の煙草に火を付けたが上空から狙ったように雪が着地し、直ぐに静かになる。

 煙草を吸うためとは言え、外には出たけれど、さすがにスカートは寒い。

「そりゃ男の方が楽だよね、色々とさ。」

 僕は静かに雪に呟く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべて雪の日のマノワール エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ