31.「ペロンのエビータは、あなたに必ず力を貸す」

「『入れ替わり』は一体、どういうことなんです?」

「……あれは、先代のエビータ、あたしの叔母が作ったプログラムを繰り返してるだけよ」


 エルディは肩をすくめた。まだ頬の赤みは消えない。


「母さまの妹だった人よ。前の前の代の夫人だったの。前の前の代の、ようするにあたしにとっては叔父さまよね。あの方が亡くなったから、叔母が遺言によってそれを継いだのよ。その叔母がこの館のプログラムを組んだんだわ」

「プログラム」

「あなた達、ずいぶんと綺麗に洗われたでしょ」


 少女はくす、と笑いを浮かべる。Gは眉を露骨に寄せた。


「叔母は綺麗なひとが好きだったわ。死ぬまで好きだったのよ。それが男だろうが女だろうが。気持ちは判るわ」

「判るのかい?」

「判るわ」


 少女はにっ、と笑った。


「叔母はそのプログラムは、あくまで気に入ったひととそうするために作ったんだけど」

「あの女達はメカニクルだね?」

「そうよ。あたしが来る前から、ずっと前から居た、メカニクル達。そして」


 エルディはキャサリンの腰に左手を回した。


「私は、あの中の一人だった。だがこの方がいらしてからしばらくして、私の中で変化が起こった。私の中に意志が生まれたのだ。私はこの方を守る。それが私の意志だ」


 ペリドットの瞳は真っ直ぐ彼の方を見た。彼は黙ってうなづく。やっぱりここでもこういうことはあったのか。あの小回りのきく組織のリーダーと、同じことを言う。


「彼女は? クローバアは人間なのだろう?」

「彼女は」


 そしてエルディはクローバアの腰に右手を回す。


「クローバアは、あたしの生まれた時からのお守り役だわ。でも人間よ。大切なひとよ」

「母が、この方の乳母だったのよ。あたしは小さな頃からこの方にお仕えしている。そしてこれからもそうすることでしょう」

「それが君達の、使命?」

「ええ」

「そうだ」


 二つの異なった高さの声が重なった。


「そしてG、あなたはあなたの使命を果たさなくてはならないのではなくて?」

「君は僕の使命とやらを知っているの?」

「ここに来る連中の使命という奴は一つしかないわ。決まっている。あなたが珍しいのよ、オリイ」

「ごめんなさい」


 ぴょこん、と内調局員は素直に頭を下げる。


「やだ、怒ってるんじゃないわよ。ここに来る色んな組織の目的なんてのは、もの凄い例外を除くと、一つしかないでしょ。皆エビータの力が欲しいのよ。あたしでなくてもいいの。エビータの、この世界における力が欲しいのよ」


 エルディはそう言うと、両脇の二人の服をぎゅっと掴む。


「だけどあたしを、ただの小間使いのエルディのあたしを助けてくれたのは、あなただけだったのよ、G」


 彼は無意識に胸に手をやる。鈍い痛みが、胸をよぎった。


「だけど俺は、君の正体に気付いていたかもしれない」

「気付いていなかった、ってさっき言ったのはあなたでしょう?」


 くす、と少女は笑う。


「叔母はここを後宮として使ったけど、あたしには必要ない。それはあたしが大きくなってからも同じよ。あたしが欲しいのは、そういうものじゃない」


 そして、少女は真っ直ぐ彼を見た。


「だからあたしはあなたに力を貸すわ、G。反帝国組織MMではなく、あなた個人にね」


 Gは首を横に振る。


「だけど俺は、MMの幹部だ。俺の居場所であるMMのためにその力を流用するだろう。それはそれで構わないというのかい?」

「それはあなたが決めることだわ。あたしは、あなたに力を貸す。あなたという個人にね。それはあなたがどんな者になったとしても、たとえ帝国全部、組織全部を敵に回したとしてもその約束は有効だわ」


 彼は息を呑んだ。この少女は。


「別にあなたにこの先どうしろ、とは言わない。だけどこれだけは覚えておいて。ペロンのエビータは、あたしの代である以上、あなたに必ず力を貸す。あなたが何処に居て、何をしていたとしてもね」


 そして少女は、両脇の二人を見上げて、うなづいた。キャサリンとクローバアはそれを見て、そっと彼女達の主人から手を離した。


「覚えておいてね」


 少女はそう言って、ふっと身を翻し、奥の扉を開けた。それに少女の乳姉妹が続く。

 そして扉に手をかけながら、キャサリンはアルトの声を投げた。


「逃げるがいい、G君」

「逃げる?」

「この惑星を、我々は破壊する」


 な、と彼は口を大きく開けた。


「この惑星はあの方には必要はない。そしてここから異変を感じて脱出もできないような者は、我々を探る資格も無いさ」


 ペリドットの瞳が、楽しげに細められる。


「なあに、ほんの三時間さ」


 キャサリンはそう言い捨てて、扉を閉めた。重い、金属の音だ、と彼は思った。そしてその音が響いた時、彼は、次にする事を思い出した。


「逃げなくては、オリイ!」


 彼はここまで一緒にやってきた内調局員の姿を探した。だが一瞬見渡した限りでは、その姿は彼の視界に入ってこなかった。まさか、既に。

 だがそれは間違いであることがすぐに判った。視線を下に下ろした時、黒い長い髪が床を這っているのを彼は見付けた。腰をぺたんと床について、オリイは脱力したように座り込んでいる。彼は急なこの変化に驚いて、思わず駆け寄った。そして手を伸ばす。首をがくんと前に倒し、髪が広がりつつあった。


「……おい!」

「触るな!」


 背後で、聞き覚えのある声が、響いた。この声。自分が絶対に、聞き間違えることのない、この……

 身体が、動かない。

 だが、その声の主は、自分の前を通り過ぎ、真っ直ぐ、オリイの元に近づいた。そして声をかけ、手を伸ばす。

 髪が、ゆっくりと、その手に巻き付いた。手だけではない。近づく鷹の身体に、首に、幾重にも、しかし決して強くなく、ゆるやかに巻き付いていく。鷹はその前に膝をつくと、目を伏せた。

 あ、とGは背中がざわつくのを感じた。エネルギーの出入りがそこには感じられた。髪を伝って、旧友の身体の生気が、オリイの中に入っていく。それはほんの短い時間だったかもしれない。だが、ひどくGには長く感じられた。


「さて、このくらいあれば、帰れるな」


 髪がゆっくりと解けていく。オリイは無言でうなづいた。


「なんだよその格好!」


 そしてもう一つの、聞き覚えのある声が耳に飛び込む。


「任務は果たした!」

「判ってるよ。そこに同時進行で見ている奴が居たからね」


 その鷹はオリイを助け起こすと、彼の方をその時やっと見た。


「やあ」

「……やあ」


 Gは笑った。とりあえず、笑うことしかできなかった。

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