24.『絶滅』と公表された稀少種族
ふむ、とハンドルを面倒くさそうに動かしながら、内調局員は、意味ありげにうなづいた。
「移動しました?」
助手席でニイは訊ねる。後部座席でキムは二人の会話をじっと聞いていた。
「移動はしているんだけどねえ……」
何処かおかしそうな声音が鷹の口振りには感じられる。背中ごしでよく判らないが、右手で顎をさすりながら、言わない何かをひどく面白がっているかに見えた。
「でも大丈夫ですか? リーダー」
「何が?」
「サンドリヨン君」
「それは何に対して、言ってる? 同僚の心配じゃなくて?」
「まあそぉですけど」
ちら、とニイは後部座席を盗み見た。キムはそれに気付かないふりをする。
「まあ、大丈夫だろ。殺すな、とは言ってある」
「ならいいですが」
「ちょっと待ってよ」
何、と鷹は前方から目を離さずに後ろの声に答えた。
「危険なのは、あの長い髪のにーちゃんなのかい?」
「危険?」
ふっ、とまた鼻で笑う気配がした。
「そう危険は危険だね」
「そういう風には見えなかったけど」
「あれは危険だよ。俺の敵に対してはね」
リーダー、とニイは思わず顔をおおって、ため息混じりに吐き出した。
「別に言ったところで大した問題はないさニイ。言っても言わなくても同じ、なんてことは幾らでもある。長く生きていればね」
長い、ね。キムは苦笑する。おそらくはこの前方に座る男は、自分と同じくらいの長さを生きてきているはずなのだ。そしておそらくは同僚の延べ生存年数よりも長く。
「では聞いてもいいのかい?」
「幾ら出す?」
キムは一瞬言葉に詰まる。冗談だよ、と鷹はすぐに付け足した。
「シャンブロウ種のことを、君は知っているかい? キム君」
「シャンブロウ種?」
キムは記憶回路を加速させる。聞き慣れない単語は、抽出するのに時間がかかる。それはほんのコンマいくつ下秒のレベルなのだが。
「確か、例の戦争で絶滅した種族の一つだったよな」
そう、と鷹はうなづいた。
「あの戦争の時に、『絶滅』と公表された稀少種族には何があったか覚えてるかい? ……ああ、君もそうだっけ」
「うるさいよ」
憮然としてキムは言い返す。
「絶滅させられた種族自体は、73種。その中で、特に『稀少』と言われていたのは、6種だったよな」
「そう。何があった?ニイ」
俺ですか?とニイはいきなり振られた質問に声を高くする。
「華祭種、銀の歌姫種、イェギュギュフォラファン種、燈陶種、VV種、それにシャンブロウ種、でしたか」
「よく舌噛まずに言えました。正解」
「そらまあ、間違うとリーダーはたくから」
するとぱん、と車内にいい音が響き、ニイは頭を押さえた。
「まあレプリカントを入れると7種なんだろうけどね。悲しいかなレプリカントは『人間』の範疇には入っていない」
「別に入れる必要なんてないのよ」
「ふうん。いいの?」
「どう転んでも、レプリカントは人間じゃない。人間になろうとしてた訳じゃないからね」
「じゃああの時、君ら反乱を起こしたのは何で? 俺はその時ずいぶんと痛手を被ったけれど?」
「そうだよな。あんたは俺達が脱出した後、奴を追ってきた」
「ふうん、俺がそれだって、知ってたの。見ていたの?」
「見てる訳ないだろ。あんたじゃない。出歯亀め。結局あれからどうなったんだ?俺は詳しいことは知らない。奴も詳しいことは言わない」
「無粋じゃないかなあ?もしかしたら、久々の再会に、何かしらしていたかもしれないだろ?」
は、とキムは首を横に振る。長い栗色の髪が、ざらりと揺れた。
「別に逢い引きしていたなら、俺は何も聞かないさ。でもあんた達は違う。あん時奴は、どう見ても差し違える覚悟に見えた。ひどく辛そうだった。俺は今でも記憶している」
「だろうな」
「知っていたんだろ?」
黙って鷹はハンドルを切った。いきなりの行動に、キムはバランスを崩し、扉に身体をぶつける。痛みも相まって、珍しく連絡員は感情的に叫んだ。
「知っていたんだろ?!」
「知っていたさ」
リーダー、と不安気な声が、ニイの口から漏れる。知らなかったのか、とキムはこのどう見ても天使種以外の局員を見て気付いた。
「俺は彼と対決し、彼は墜ちた。その時は、物理的に、落ちただけだと思った。だが違った。彼はそれで自分の中の天使種の何かを起こした。彼の意識には無関係にね。そして俺は退場した。アンジェラスの軍を脱走した。無論それは、あの君らの偉大なる盟主サマにはよぉく判っていたことさ」
「Mが」
「判っていて、俺には、奴の能力を目覚めさせる役割だけを振ったのさ」
「でもそれは、必要だったからだ」
「必要」
あっはっは、と唐突に鷹は声を上げて笑い出した。
「何がおかしいんだよっ!」
キムは声を張り上げた。だがなかなかその笑いは止まらない。思わずぐっと、前のシートをぐっと握りしめる。び、と備え付けのカバーが、悲鳴を上げた。
耳障りだ。あの高い声が、黄金のトランペットのようだと彼が形容したあの声が、ひどく今のキムの耳には耳障りに感じた。
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