4.「お前どうして中佐が好きなの」
「でもあれも、大きな敵はうちと同じなんだろう?」
帝国、という大きな敵。果たしてそれを打倒することができるのか、それすらも判らない大きな「敵」。
「看板としてはね……」
キムは言葉を濁す。看板として。では大義名分はどうあれ、あの組織の本当の目的は違うというのだろうか。Gは目を細める。
「ま、でもそれは俺が言うことじゃないよ」
キムはそんな彼の表情に気付いたのかどうなのか、あっさりとそう結論づけた。
「俺にかんぐりを入れるのはまだ早いってば」
「気付いていたのかよ」
Gはやや口を歪めた。その様子を見て、キムは長い栗色の髪の毛をかきあげた。
「それはさ。俺が言うことじゃないの。少なくとも俺は、お前には言うな、と言われてる」
「……」
その言うなと言った人物は。
「判るだろ? 誰なのか」
「ああ」
長い黒髪の、あの麗人の姿が瞼の裏をよぎった。彼らが盟主、彼のかつての「司令」。反帝国組織MMの、全ての頂点に立つ、盟主M。
天使種の、偉大なる第一世代。やんごとなき皇室とも関わりがあるらしい、その存在は、彼ら最高幹部以外には確認されていないとも言える。
あのひとは一体何を考えているのだろう。
それは彼にとって、進めたくない疑問だった。だが忘れてはならない疑問だった。
何故なら、彼の最初の罪を犯させたのは。
「じゃ話を変えよう」
どうぞ、とキムはやっと笑顔を見せる。
「その質問以外だったら、俺は答えましょ」
禁じられてはいないのだ、とその言葉の中には含まれている。それだけは禁じられているのだ。キムはそれを言うことで、機能の一部を壊されかねないのかもしれない。
ではそれ以外なら。
「下世話な質問、してもいい?」
「珍しいね。どうぞ」
「お前どうして中佐が好きなの」
え、とさすがにそれは予想外だったらしく、キムの表情は止まった。
「他の質問には答えてくれるんでしょ」
「嫌がらせ?」
「嫌がらせ」
ゆったりと言うと、彼は頬杖をついたままふふ、と笑う。そのくらいの意趣返しはしてもいいではないか。これはあくまでプライヴェイトに関することだ。下世話な、実に下世話な興味に過ぎない。
「どうしても俺に聞きたいの?」
「答えるって言ったのはお前だよ」
「いじわる」
キムはそう言って軽く人差し指の爪で自分の頬をひっかいた。
爪を見ると、彼はあの中佐の鋭く、長いそれを思い出す。
真っ赤な髪と、金色の瞳を持つ、戦闘用サイボーグの、帝国正規軍の中佐。正規軍の軍警に属しているくせして、彼らの組織の最高幹部格だったりする。
いやその逆か、とまだ言葉を探しているキムを眺めながら彼は思い返す。
盟主は自分の手の者を軍警に送り込んだのだ。そして組織の人間を取り締まらせて、その仮面に隠れて、もう少し上の敵や、内部の裏切り者を葬らせる。
キムが盟主の「連絡員」だとしたら、中佐は「銃」だと聞いたことがある。
この二人が何処をどうしてそういう関係なのか、Gは知らない。だがその呼吸の合い方には、やや羨ましいものを感じる程、奇妙な穏やかさを感じるのだ。
だから下世話とは言え、なかなか興味深いものであったのは事実なのだ。
「んーと」
ようやくキムは言葉を見付けたらしい。彼からは目をそらしながらも、長い髪を手でもてあそび、時々小さな一房を編んだりしている。そういえば、その昔このレプリカントに髪を編むことを教えたのは、自分だったはずだが。
「ほらこっち向いて」
意地悪な気分が、彼の手を動かす。ぐい、とキムの顔をGは自分のほうに向かせた。ぺん、と連絡員はその手を軽く打った。
「あのさ」
「うん」
「あのひとは、俺をいつか殺してくれるからだよ」
え? と彼は、思わず問い返していた。キムは同じ言葉を繰り返す。テーブルに左の肘をつくと、連絡員は、目を半ば伏せる。
「俺がしばらく人形だったことは言ったろ? お前と、あの惑星で離れたあと」
「ああ」
「レプリカントは負けて、俺は人形になって、それからMに拾われるまで、ずーっとそうだった。俺はもうああなるのはやだ」
「―――お前」
「だから俺はMに言った。再起動させてくれた時、今度どっかの惑星で、Mの手の届かないとこで捕まってまた人形にされてしまった時には、俺を殺してくれって」
でもそれは、笑顔で言うべきことじゃないと、思う。
「だってもう何処にもレプリカはいないんだし、ってね。だけどさ」
「だけど?」
「レプリカは居たんだ。遠い惑星に。とりあえず俺はそれを頭においておけば、生きていけるけど…… だけどもし、本当に、また、人形になるようなことがあったら、そんときは、あのひとが、殺してくれる。俺という存在を完全にばらばらにして、消し去ってくれると言った。約束した」
胸が痛い、とGは思った。
確かあの時会ったレプリカントは、自分にそんなことは言わなかったはずだ。とにかく生きて、とにかく戦って、やったことの是非は自分達が決めることではない、と言い切ったはずではなかったのか。
「でもあのひとは、それでも俺を再起動させに来るんだよ?」
くくく、とキムは口の中で笑う。
「ある一定以上の時間が、機能停止からかかる前に、あのひとは、何か、飛んでくるんだよ。何処に居ても、何してようと。……ねえ俺って、幸せものだと、思わない?」
何と答えていいものか、彼には判らなかった。
ひとしきり、沈黙が続いた時、どちらともなく、口を開いた。
「仕事の話をしようか」
「そうだね」
キムはうなづいた。
「だからお前さんの仕事は、そのエビータと会って、できるだけこっちの味方につけること、なんだよ」
「相変わらず曖昧な命令だね」
「それが俺達の立場って奴でしょ」
最高幹部なんて名をもらっているからには、とキムは言外に含める。
「曖昧だけどそれを遂行するための権限だけは大層な量、俺もお前も与えられてるんだから」
だから成功させなくてはならないんだ、と言葉の裏に、盟主の影が見え隠れする。
「それに、同じことを考えてる同業者は多いはずだ。今行くと、きっと、同業者の、しかもエキスパートの吹き溜まりだ」
なるほど、とGはうなづいた。
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