3.「だからその城には後宮があるんだよ」

 キムはそのまま続けた。


「だから、今回のお前の仕事ってのは」

「内部に入り込めってことだろ?」

「そう。ただし、場所の限定つきだ」

「場所」

「人工惑星ペロン」


 彼は記憶をたどる。


「確かそれは、あの財団の中では、どっちかというと、プライヴェートにあたる部分じゃないか?」

「まあね。正確に言えば、居城。女帝陛下のね。でもなかなかとんでもないと思わない? だってさ、あれって昔は軍事惑星だったんだよ」

「戦争はなやかりし頃?」

「そう。お前も知ってるよね? あの時代のことは」


 ああ、と彼はうなづく。その時間の中に居続けた訳ではないが、移動し、点在する時間の大半は、戦争の中だった。

 好んでそこを飛び回った訳ではない。少なくとも表層の意識は。ただし、自分の中にある何かが、天使種としての何かがどう考えたのかは判らなかった。自分の中にはまだ自分にも判らない部分がある。


「その人工の軍事惑星を、全星域の戦争を帝国の手によって終結させた後、ペロン財団の、当時の当主、当時のエビータが買い取った。そして自分自身の城にしたという訳さ」

「無粋な城だね」

「と思うだろ」


 そして残りのホットチョコレートをキムは飲み干す。


「じゃあお前、あそこの中身は何だと思う?」

「今は軍事惑星じゃない?」

「表向きはね」

「裏では今も軍事惑星?」

「機能を捨てた訳じゃないだろ。いや問題はそれじゃないのよ。あそこは城だって言ったろ?」

「ああ」

「だから、その城には、後宮があるんだよ」


 え? と彼は聞き慣れない単語に思わず問い返していた。


「後宮。お前知らない?」

「……支配者の家族が住むところ…… じゃないのか?」


 彼はあまり熱心ではなかった前時代の歴史の知識をひっくり返す。


「半分あたり。半分はずれ。……まあ今の時代にはあまりそういうとこ無いからね。やんごとない皇室にもそういうところは今は存在しないし。じゃひらたく言うさ。つまりは、たくさんの愛人を囲ってあるとこだよ」


 はあ、と彼は思わずそう答えていた。


何でか支配者になると、金で愛人を買おうとする。子供を産ませようとする。まあそれだけじゃあないけどさ。ともかく、そういう意味での遊ぶ相手を、自分の家に囲っておくとこ。それが、今の人工惑星ペロンなんだよ」


 人間ではないこの同僚はあっさりと言った。


「……」

「でまあ、お前の今度の仕事はそこって訳」

「……なるほど……」

「無論入り込む段階では、そういう役ではないさ。ただ、その惑星に入った時点で、そういう可能性が出てくる、ということ」

「俺は男だが」

「そんなこと見れば判るでしょ。だけどG、その後宮の主自体が、男なのか女なのか、はたまた何処かの星系に多いっていう両性体なのか、それすらも判らないんだからさ。まあお前のこったから、何されてもそう簡単には壊れないとは思うけどさ」

「そりゃ壊れはしないけど。お前は行かないのか?」


 自分の頑丈さはよく知っている。そして命令を下した盟主は自分以上にそれをよく知っているだろう。

 だから少しだけ嫌味を言ってみる。だがキムは首を横に振った。


「面白そうだとは思ったけどさ。今回は俺ちょっと忙しいんだ」

「珍しい」

「俺は遊んでる訳じゃないのよ?最近、うちをこよなく愛する最高の天使さん達がひどくうるさいんで、掃除しなくちゃならないだって」


 seraphセラフのことか、と彼は思う。

 そう言えば、と彼はふと思い起こす。このseraphという組織について、自分が大した知識も持っていないことに気付いたのだ。

 取り戻した記憶の中にも、その情報は多くない。記憶を遮蔽していた頃の「教育」の中にも、それは無かった。

 考えてみれば、奇妙なものである。「敵を知る」のは基本中の基本であるはずなのに、どうしてこうも自分は知らないのだ?

 そして、この連絡員もそのことについて、口に出したことはない。それは自分が知っていると思っているからだろうか。それとも、知らなくていいと思っているのだろうか。

 いやそれは違う。彼が生きているこの世界においては、「知らない」ことは命取りになることが多い。特に同業者については。

 彼は少しばかりかまをかけてみる。


「じゃ、今度はお前は何処なんだ?」

「惑星ゲラン。そのあたりで連中がうちの構成員をずいぶんとスカウトしているらしいんだ」

「ゲラン、ね」


 あまり馴染みの無い惑星だ。


「何でそういうことをやらかすんだろうね」

「そりゃまあ、、だよ」

「?」


 何かが、少しばかり彼の感覚をひっかいた。何処かで似た論法を聞いたことがあるような気がする。何処だったろう。


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