第48話 このスキルで勝てると誰が思ったか
「もう一回お願いします!」
これが一体何の手伝いに繋がるのか分からないが、私は再び金髪メイドさんに挑戦を申し込んだ。といっても、実際に戦うのは黒髪メイドのマリーさんの方だが。
「まだ2回目か。どんな対策をしてきたのか見せてもらおう」
わざわざ回数を口にするあたり、何十回と挑戦することを想定して作られているのだろうか。
前と同じ水色の空間の中、白いモップを持つマリーさんと黒いモップを持つ私が対峙する。
モップの色はどうやら固定のようだ。
「挑戦者夜桜アンリ2戦目。よーい、始め!」
「いくぞ」
前と同じようにマリーさんがいきなり突っ込んで来る。
私はそれを彼女がモップを持つ右手とは逆方向、右側に向かって跳んで避ける。
「同じ手は通用しないか」
「当然よ」
避けたところに今度はこちらから攻撃を仕掛けるが、
「メイド奥義・メイドアクセル!」
当たったと思った瞬間マリーさんが急加速する。
攻撃が空振りし体勢が崩れた私に、今度はマリーさんが攻撃を仕掛けてくる。
「今度はもらった」
「超加速!」
高速で襲い掛かるマリーさんのモップが人並の速度に減速し、それを避けると同時にカウンターでもう一度攻撃を試みる。
「当たった!
「まさかこの私に攻撃を当てる者がいたとはな」
マリーさんのメイド服のスカートに黒い何か――と表現するのもあれなので、あのゲームと同じようにインクと表現しておこう。
「だが1発当てた程度で勝てると思わないことだな」
私と逆方向に走り出すマリーさん。体ではなくスカートであってもちゃんと効果はあるのか、彼女の速度が若干落ちている気がする。
「メイド奥義・メイド乱舞!」
少し離れたところでマリーさんが縦横無尽にモップを振り回す。振り回されたモップから白いインクが飛び散り、それを避けるように彼女から距離を取る。
攻撃スキルだろうか? いや、攻撃ならばもっと近くで使うはず。
なんで離れた?
「ここからが本当の勝負だ」
マリーさんが背の高い円柱みたいなものから私を見下ろす。その周囲は先ほどのスキルによって白いインクによって染まり、彼女から離れた床や壁、天井に至るまで点々と白い領域が増やされていた。
攻防一体のスキルか。
しかも一度にこれだけ塗ってくるなんて……。
「私だって負けないよ」
とりあえず塗って行こうと走り出す。モップを床に付けて走ると黒い帯のような軌跡が描かれる。全て水色のためなんだかよく分からない、乱雑に置かれたオブジェを避けながら駆け回り、背の高い柱のようなオブジェを見つけたのでその上に飛び乗る。
そして、高いところから全体を見渡した時、このゲームの難しさを思い知った。
これ、このモップでただ塗っているだけでは無理だ。
あのゲームのローラーみたいに大量に塗れるような物でなければ、いくら自分の足で走ったところでたかが知れている。
マリーさんがまだ水色が残る別のエリアに移動する。
彼女を妨害したいが、そんなことをやっている場合ではない。このままでは彼女を追いかけているだけで時間切れになってしまう。
ただ、彼女があのスキルで一気に領域を広げるのだけは阻止したい。
「メイド奥義・メイド乱舞!」
「エアロ・トルネード!」
発動されるスキルに合わせて私は魔法を放つ。
対複数戦に丁度いいと思ってとった魔法なのだが、まさかこんなことに使うことになるとは――。
マリーさんを中心に薄い緑色の風が巻き起こり、彼女の姿は渦の中へと消える。
「攻撃魔法は意味がないのだがな」
竜巻の中から彼女の落ち着いた余裕の声が聞こえる。
その竜巻が徐々に白に染まっていくのを私はじっと眺めていた。
うん、ダメージはなくても効果はある。
竜巻が収まった後、マリーさんの足元のみが真っ白く染め上がっていた。
「なるほど。私の攻撃が周囲に飛ぶのを防いだというわけか」
そう思っているなら甘い。
今ので私はすでに次の手を思いついている。
「エアロ・トルネード×3!」
私は三つの竜巻を作り出しそこに自分のモップを突っ込む。黒いインクを含んだ竜巻は黒い竜巻となり、地面を真っ黒に染め上げる。
「いっけぇ!」
そして私は黒い竜巻三つを操り、それぞれ別の方向に向かって移動させる。壁に触れるか触れないかのところで一度止め、そこからは壁に沿って動かしていく。それにより、床と壁が同時に黒く染まっていった。しかも竜巻なのでオブジェが途中にあろうが関係なく染め上げていく。
「なかなかやりますね」
床の大部分と壁のほとんどを黒く染めたというのにこの余裕。
もしかして彼女にはまだ奥の手が……。
「ならば私も奥の手を出しましょう」
本当にあるのか!?
マリーさんが部屋の中央に移動する。ただ真ん中に移動しただけではない。文字通り部屋の真ん中、天井と床の中間である空中に浮いていた。
「メイド最終奥義・メイドクリーニング!」
彼女がスキルを発動させた瞬間天井が光り輝き、その天井と同じサイズの光の壁――いや、光り輝く天井がゆっくりと降りていく。その光の天井に触れた物は全て真っ白になり、当然床に辿り着く頃には――。
「なッ! チートにもほどがあるでしょ!」
あまりの理不尽さにマリーさんに向かって怒鳴ってしまった。
メイド好きがこれを考えたのは予想できるけど、これはやりすぎでしょ! こんなの絶対誰も勝てないじゃない!
「はて? チートとは何のことでしょうか?」
真っ白になった空間でマリーさんが真顔で返して来る。
まぁたしかに、マリーさんはチートを知らなくて当然だし、これは完全にマリーさんを生み出した人に責任がある。後で苦情の一つでも送っておこう。
「終了まであと10秒!」
突然響き渡る金髪メイドさんの声。
あと10秒でどうやって逆転しろと!?
これは完全に無理ゲーだ。私に残された奥の手はないし、あと8秒で新しい策を考えるなんて絶対無理。運営さんの暴挙には誰も勝てな――――いや、まだ一個試していないものがある。
運営さんの力には運営さんの力で対抗する。
私は道具袋の中から『死神の骸骨面』を取り出すと、迷うことなく装着する。
「4、3、2、1――」
タイムアップギリギリのその瞬間、私は『死神の骸骨面』専用スキルを発動する。
「闇の帳!」
「0、そこまで!」
金髪メイドさんの最後のカウントが終わる前にスキルは発動され、周囲が一瞬にして闇に呑みこまれた。それは暗いとかそういう程度のものではなく、完全なる暗闇で今まで見えていた無機物は何も見えない。ただ、マリーさんや金髪メイドさんなどの人物は見えるようだ。
「勝者は――」
何も見えないただ黒い空間で、金髪メイドさんの声だけが響く。
「挑戦者の夜桜アンリ選手ー! おめでとうございます。一言どうぞ」
「え、えぇと……勝てて嬉しいのは嬉しいんだけど、あれで――」
「はい、ありがとうございましたー」
数秒で強制的に進むんかい!
「おめでとう。まさか私に勝てる人がいるとは思わなかった」
金髪メイドさんの隣に移動したマリーさんが、祝いの言葉を送ってくれる。
「あ、ありがとうございます」
勝てて良かったと思う反面、あのスキル一つで勝ててしまっていいのだろうかと疑問に思うところもある。とはいえ他に勝ち方があるかと言われると、他の方法では全く勝てる気はしない。
――はっ! まさかここまで読んで運営さんはこの装備をくれた?
さすがにそれはないか――。
「ではお城に戻るよー」
どうやら元の場所に戻るらしいが、周囲が真っ暗なままで何も見えない。と思ったのも束の間、周囲の闇が晴れ見慣れた城内の風景が返ってきた。
体感的には大体5分くらいだろうか。
「私は戻らせてもらうぞ」
「私も仕事に戻るねー」
急にその場から立ち去ろうとする二人。
えぇ!? 報酬とか何もないの?
クエストではなくてただのミニゲームみたいなものだったのだろうか……。いや、それにしたって何か報酬があっていいのでは?
そんなことを考えていると、急に背後から声が掛かった。
「マリーに勝ったんですね。そんな強いメイドであるあなたにお願いがあります」
振り返るとそこには、2階で窓拭きをしていたメイドさんが立っていた――。
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