第45話 ヤバすぎる地下のメイド料理人

 周囲の風景が元のゲーム世界に戻ると、そこは最後にログアウトしたメイドの詰め所に繋がる道の途中だった。


 メイド服に修正が入ったせいでログアウト前にいた行列はいなくなっており、難なくメイドの詰め所の入り口まで辿り着く。


 ここがお城の敷地内とは思えない、普通の二階建ての民家のような建物だった。

 

 入り口付近を見回しても呼び鈴のような物が無いため、恐る恐る扉を開けて中の様子を伺う。


「ごめんくださーぃ」

「はい」 

「ぎゃぁっ!」


 間髪入れず真横から返事を返され、思わず女子が出してはいけない悲鳴を出してしまった。


 本気でびっくりした時に可愛い「きゃぁ」なんて声出ないよ……。


「お客様でしたか。どうぞこちらへ」


 入り口にいたメイドさんは私を誘うように歩き出す。

 彼女について行くと二階の部屋の前に案内された。その部屋だけ周囲にドアが見当たらないことから、かなり広めの部屋だと予想できる。


「メイド長、お客様です」

「入りなさい」


 部屋の中に案内されると、そこは予想通りかなり広めの部屋だった。

 中央の奥の大きな机にメイド長さんと思わしき人が座っており、部屋の両側には大量のクローゼットが並んでいた。


 私が中に入るとメイド長さんが席を立ちクローゼットの一つに向って歩き出す。そして、そのクローゼットの中からメイド服を一着取り出す。


 ちらっと見えたが、クローゼットの中は全て同じメイド服がズラリと並んでいた。


「これをどうぞ。あなたならきっといいメイドになれますわ」


 ほぼ強制的に手渡されるメイド服。


「は、はぁ……どうも」


「それではよいメイドライフを」


 その台詞を最後に強制的に詰め所から追い出された。

 再度入ろうと試みたが、入り口にいるメイドさんに通せんぼされてもう入れないようになっていた。


 強制メイド服取得イベント!?


 ここなら何かイベントがあるのではないかと思ったのだが、これしかないのか……。 

 

 そんなことを考えていると知らない人が来て家のドアを開け、案の定入り口のメイドさんにビックリして驚きの声を上げていた。


 とりあえずもらったメイド服を装備してみよう。


 可愛さを前面に押し出したフリフリ多めの短いスカートのメイド服ではなく、本当にお屋敷で働いていそうなロングスカートで清楚な感じのメイド服だった。


「なるほど。気分はメイドになりきれるかもしれない……」


 その場で自分の恰好を眺める。


 これでお城の中を歩いていたら、他のプレイヤーにもここのメイドさんと間違えられるかも…………ん? もしこれが本当にメイドさんになっているという認識だとしたらどうだろうか。


 私は思いついたことを早く試したくて、足早に城の中へと戻る。そして、入り口付近にいたメイドさんの元へと向かった。


「何かお手伝いすることはありますか?」


「あら、新人さんですか?」


 聞いた内容は同じだが、返ってくる答えは違った。


「はい、そうです」


 私が即答すると、目の前のロングヘアーで長身なメイドさんは、お姉さんっぽく顎に手を当てて妖艶な笑みを浮かべる。


「なら、手伝ってもらいましょうか。こちらに来てください」


 このメイドさんを手伝うのではないのか? と思いながら、歩き始めるメイドさんの後に付いて行く。

 

 お城の1階の奥に向かって歩いて行き、下へと続く階段を降りる。お城の地下なので明るく綺麗な感じかと思ったが、どこかの地下牢獄かと思うくらい明かりが少なく不気味な場所だった。

 

 ふと足元を見ると、床に積もった埃に私達の足跡が残っていた。


 どうやらここはまったく掃除されていないようだ。となれば、お手伝いは地下の掃除ということだろうか?


 だが、私の考えを否定するかのように、メイドさんは足を止めることなく一直線に進み続けた。途中いくつか十字路があったが、それら全てを無視してしばらく進むと一つの扉が目に入る。


 先に歩くメイドさんがその扉を開けて中に入る。


 部屋の中は床から壁、天井に至るまで真っ白に統一されており、中央には長テーブルがいくつか置かれていた。部屋の端の方にはコンロやオーブン、鍋やフライパンといった調理器具が多数置かれている。

 なんで地下にあるのか分からないが、この城の厨房のようだ。


「エイミー、新人よ」

「えー、ほんとー? やったぁ~!」


 私の横にいるメイドさんが中にいるピンク髪のメイドさんに声を掛けると、エイミーと呼ばれたメイドさんが今にも飛び跳ねそうな勢いでこちらに寄ってきた。


 そして近付くなり私のことをジロジロ眺める。


 な、何なのこのメイドさん……。


「この子壊してもおっけー?」

「問題ない」


 問題あるわっ!

 さらっと怖いこと言わないで!


「では後は任せた。しばらくしたら様子を見に来る。ま、生きていたらの話しだがな」


 私をここに連れてきたメイドさんは、物騒な台詞を残して立ち去って行った。


「さて、さっそくお仕事をしてもらおうかな」


 エイミーさんがテーブルの一つに歩み寄りながらこちらに向かって手招きする。

 恐る恐る警戒しながら近付いて行き、数歩離れた所で足を止めた。


 テーブルの上にはたくさんの料理が置かれており、サラダや肉料理、魚料理と煮物、揚げ物と種類も豊富だった。

 普通ならお城で振る舞われるそれらは美味しく見えただろう、普通なら。


 私は目の前に並ぶそれらを見て背筋が寒くなるのを感じた。


「さぁ、あなたのお仕事はこれらの試食よ」


 やっぱりかぁぁぁ!

 

「まずはこれね」


 エイミーさんが私の目の前に一つの皿を差し出す。

 見た目は普通のサラダに見えるのだが、とにかく色がヤバイ。どうしたら食材の色がこうなってしまうのか、見慣れたレタス、ニンジン、キュウリなどが全て紫色に染まっている。


「これ……食べて平気なんですか?」

  

「もちろんよ」


 ニコニコ顔で即答してくるエイミーさん。

 

 笑顔で即答する人は信用するとロクなことがない。が、このままでは何も進まないので、覚悟を決めてサラダの乗った皿とフォークを受け取る。


 ゲームなので実際に死にはしないと分かりつつも、あまりにもリアルすぎて脳がずっと警告音を鳴らしている。


「えぇいままよ!」


 思い切って適当にフォークをサラダに突き立てて、そのまま勢いで口の中に運ぶ。


「ぐぁはッ!」


 何が起きたのか一瞬分からなかった。

 今まで味わったことのないえぐみが口の中を支配し、汚い悲鳴と共に口の中の物を吐き出した。

 何かで受けるとか隠すとか、そんなことをする余裕すらない。


「はい、次これね」


 何が起こったのか頭の中で理解するよりも早く、次の料理が目の前に現れる。手の中にあったはずのサラダはすでにどこかに消えていた。


「ちなみに、試食だからちゃんと飲み込まないとだめだからね」


 あ、あれを飲み込めというのか……。


 次に渡された料理もサラダで、紫に染まったポテトサラダのようだった。

 

 匂いに誘われたのかハエがどこからともなく現れ――その料理に近付いた瞬間にコロリと床に落ちていった。


 近付いただけで死んだ!?


 ヤバすぎるこの料理!

 そして、こんな物を作り出すエイミーさんもヤバイ!


 スプーンでポテトサラダを救い上げるが、体が自然と拒否しているのか腕が動かない。


「遠慮しないで。ほら、あーん」


 エイミーさんが私の腕を取って無理矢理に口の中に押し込んで来る。


 ちょっ! まだ心の準備出来てないんですけど!


「んぐっ」


 口の中に押し込まれたそのまま、口から吐き出すのを封じられる。 


 例えすら思いつかない激マズな衝撃が脳内を支配する。

 理解することが出来ない感覚に襲われ、一瞬にして頭の中が真っ白に――。


 ――はっ! 今一瞬意識飛んでた!?


「どう? 美味しい?」

  

「美味しいわけあるかぁ!」


 相変わらずの笑顔で聞いてくるエイミーさんに、遠慮のないド直球な返答を返す。


「そう――」


 声のトーンをやや落とし背中を向ける彼女。


 少しへこんだかな?

 でも、これでこの料理が撤去されるなら、私は非情と呼ばれても構わない。


「じゃあ次はこれね」


 全然へこんでなーい!


 こういう系統の人は言葉で攻めても駄目だ!


「はい、あーん」


 料理を手に近付くエイミーさんに私は後ずさる。

 

 ヤバすぎる。何か対策を考えなければ私の精神が死ぬ! ついでに味覚も死ぬ!


 必死に考えるがすでに脳みそが半壊しているのか何も思い付かず、無情にもエイミーさんの手が私の口に向って伸びていった――。

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