優しいナイフ

久寓

君と僕



「これ、君の心臓」


 満足そうな顔をしている君に、僕はそれを押し付けながら渡した。やがて君の音は聴こえなくなり、歩みは終わるだろう。


 闇に飲み込まれる花に、これからの君を重ねる。これからの僕も見える。

 僕は、殺人者になる。


「……ありがとう」


 それはとてもか細く、きちんと整列した声だった。

 どこかの空に打ち上げられた光の一部が、耳元をかすめながら足音を鳴らす。何度も、何度も鳴らしていく。


 それは僕を責める声。そう、君を殺した罪で。

 それは僕を褒め称える声。そう、君を解放した栄誉で。

 どちらも必要のないものだから僕は掴んだ。投げ棄てるために。


 掌の熱に懐かしさを感じながら思う。

 君を殺すのは何度目だろうか。もう何度も、君を殺した。もう何度も、君が絶望を知った目でこの世に生まれてくるのを見た。もう何度も、君に殺してくれと頼まれて、その度に君の胸に手を伸ばして、刃を突き立てて、君の源を抜き取ってからっぽにしている。

 これで良いのかなんて、そんな無駄なことを考えている時間はない。また次の君が生まれてきてしまう前にとどめをささなければ。それが、僕の役目しごとなのだから。


 だけどなんでだろうか。目の前にいる君の笑顔を、何かが濁していく。哀しみ。苦しみ。痛み。言葉。そして、涙。




 ああ、神様。

 どうして……どうして彼女は生まれてくるのでしょうか。

 僕はあと何度彼女を殺せばいいのでしょうか。



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