23-2 再会と

「っモモ!?」



 光が収束する。眩んだ目をぱちくりとさせ、ようやく視力が戻った目に映ったのは――確かに、慣れ親しんだ親友の、はにかむような笑顔だった。



「も……もぉ……っ」



 目からまた、涙が溢れる。美邑はなにも考えられないまま、モモの身体を思い切り抱き締めた。



「モモ、モモ……っ! ごめん、ごめんね。あたし……ッ」


「そうだね。ちょっと、寂しかったかなぁ」



 美邑の謝罪に、モモはあっさり頷くが、その顔には満面の笑みがあった。美邑の身体を抱き締め返し、「でも、許してあげる」と鈴の音のような声でくすくす笑う。



「モモぉ……っ」


「だから、泣かないのー。まだ、やらなきゃいけないことが残ってるんだから」



 「そのために、わたしは戻ってきたんだから」と。そう嗜めてくるモモを、美邑はきょとんと見つめた。



「やらなきゃ……いけないこと?」


「そ。トモエさんが、言ってたでしょ? ミクちゃんを、助けるって」


「言ってた……けど」



 戸惑いながら、美邑は頷いた。怖々と、モモの顔を見る。確かに言われれば――その顔は、美邑と似ているのかもしれない。だがやはり、美邑とはどこか違う。凛とした目が、真っ直ぐに美邑の瞳をとらえる。



「わたしは、ミクちゃんの魂の一部――そう、聞いたよね?」


「う、うん……」



 それ以上なんと言えば良いのか分からず、美邑はこくこくと頭を縦に振った。モモは満足げに一つ頷くと、美邑から生えた角に触れた。優しく、いとおしむように。



「ミクちゃんの身体には、何世代にも渡って鬼の血が眠っていて……それが例の実のせいで、引き出されて鬼になった」


「うん……」



 確かにそんな話ではあった。そしてそうなれば、摂理として美邑が鬼になるのは避けられず――今、正にこうして人の世から外れてしまった。



「……でも。こうしてまた、モモがいてくれたら、大丈夫」



 美邑はそう、涙を拭いながら笑ってみせた。強がりを言っているのは分かっていたが、家族にも数少ない友人にも、二度と会えないと思っていたときよりは、だいぶ気が楽だった。

 そんな美邑に、モモが「もぉ」と口を尖らせる。



「ミクちゃんは、もっとわがままにならないと」



 そのまま――モモが美邑の額に、そっと口づける。



「えっ!? ちょ、モモ……ッ」



 思わず手足をばたつかせようとするが、その前にがくりと膝から力が抜けた。モモにすがりつき、なんとか身体を支えると、ふと、違和感に気づいた。



「モモ……?」


「――んっ」



 美邑の身体から離れたモモが、逆にその場に膝をつく。 



「モモっ!」


「大丈夫。大丈夫、だから。落ち着いて、ね?」



 そう言って、力なく笑うモモの目は、右目が紅くなっていた。そして右の額には、角が一本生えている。



「モモ……」



 恐る恐る、美邑は自分の額に触れた。二本あったはずの角――その右側が、失われている。



「……摂理には、逆らえない」



 モモが、ぽつりと呟く。その顔は、変わらずに笑ったままで。美邑はそれに、どういう表情を返すべきなのか、分からない。



「逆らえないけど――少しだけ、足掻くくらいならできる」


「足掻く、って」



 なんとなく、角がなくなった部分をさすりながら、美邑は小さな声で訊ねた。胸が、きゅっと縮こまる。



「わたしがね――ミクちゃんの一部であるわたしが、ミクちゃんの鬼の部分を、全部引き受けるから。引き受けて、またミクちゃんの中で眠れば――ミクちゃんは、元の生活に戻れる」


「な……」



 モモの言っている意味を一息に理解できず、美邑は言葉を詰まらせた。


 モモが、美邑の身代わりになる? そして、美邑の中に眠る?



「だ――ダメだよ、そんなの! 絶対ダメっ」



 意味が頭に染み渡るや否や、美邑は大声で怒鳴った。



「モモが、私の代わりにだなんて……っ」


「わたしは、ミクちゃんと違って、ほんとに家族なんていないし。ミクちゃん以外にわたしを知っている人すらいないんだから、なにも問題なんてないよ。でしょ?」



 モモはあくまで微笑みながら、落ち着いて言い返してくる。どうして笑っていられるのか、美邑にはさっぱり分からなかった。



「あたしがモモを知ってる! 他の誰も知らなくても、あたしがモモを知ってるっ! それなのに、またいなくなっちゃうなんて嫌だッ」


「……いなくなるんじゃないよ」



 モモの人差し指が、美邑の胸にトンと触れる。



「還るだけ。元の場所に」



 そう言って、笑みを深くしながら、モモは美邑をまた抱き締めた。



「寂しくなんてない。わたしも、ミクちゃんも。だって、千切れちゃってたのが、また一つに戻れるんだもの。たくさんの思い出を胸に、ずっと一緒にいられるんだもの」


「そんなの……もう、会えなきゃ……意味ないよぉ……っ」



 モモの背中を、ぎゅっと抱き締め返す。細く、頼りないその感触に、美邑は更に力を込めた。



「そんなことないよ。だって、これからはずっと、一番そばで守ってあげられる。そうすることで、ミクちゃんが、お父さんやお母さんのところに、帰ることができるんだよ? 元の――ううん、元よりずっと良い生活に、戻ることだってできるんだから」



 「だから、意味なくなんて、ないよ」――そう断言するモモに、美邑はイヤイヤと首を振った。



「元より、良い生活とか……わけ、分かんない」


「それはね。ミクちゃんが、ほんのちょっと、勇気を出せば良いんだよ。これまで怖がって、締め切っていた心の扉をね。ほんのちょっと、開けば。そうしたら、きっと」


「そんなのっ、モモが一緒の方が良いっ」



 泣きわめく美邑の額に、また温かなものが触れた。はっと見上げると、モモの唇がそっと離れ、にこりと笑いかけてくる。



「――ありがとう、ミクちゃん」



 その笑顔は、あまりにも綺麗で。

 美邑は、モモを抱き締める腕に力を込めたが。


 パッと――その場に光が舞い散り。腕の中の手応えが、感じていた体温とともに消えた。



「っモモ!」



 光の粒を抱き締めながら、美邑は叫び――溢れる涙で歪む視界は、やがて真っ白に染まり、なにも見えなくなった。

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