千切れた心臓は扉を開く

綾坂キョウ

はじまりの一つは

今、この時

 あどけないその瞳に見つめられ、彼はできる限りの笑みを浮かべた。


 子どもの手には、蜜色に輝く実があった。美しいそれに、おそるおそるといった様子で口をつける。一口、しゃくりとかじり――途端、目を大きく見開いたかと思うと、すぐにとろんとうっとりした顔になり、一心不乱に手の中のものを食べ始めた。


 それを、じっと見つめ。彼は笑みを深くした。


 待っていたのだ。この瞬間を。待って待って待って――ようやく、今このときを迎えた。


 子どもは、夢中で食べ続けている。なにも知らず、しゃくりしゃくりと音を立てながら。


 そうだ、この子はなにも知らないのだ。そう思うと、急に愛しさが込み上げてきて、彼は子どもの頭をそっとなでた。


 この子はなにも知らないのだ。


 自分の食べているものが、禁断のものであることも。自分の運命が、この瞬間、大きくずれ動いたことも。

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