とある後輩の反逆宣言
「まあ、陽向さんならやりかねないとは思っていたけど……」
詩葉と陽向が失踪してから二週間後。探索の末、彼女たちが潜伏していると分かった廃墟へと一同で向かう中、希和は呟く。現実にいる頃から、陽向は決めた目標に一直線の女子だった。突き進む意思力だけでなく、理想を引き寄せるための道筋を見極めて着実に進んでいく要領のよさも持ち合わせている。
愛する女の子の――詩葉のためだったらなんだってする、その内容がなんだろうと驚かないような。
「この前の聖剣テスト以来、夜に一人で出歩いたりとかしていて気になったんだけどね。まさかこうなるとは……」
春菜が答えた。女子宿舎の様子は知らなかったが、やはり予兆はあったらしい。
聖剣テスト。
聖剣は最初に女神から与えられていたものの、その運用には大きな制約があった。使用時に消費する魔力が膨大であり、ロクに鍛えていない状態で力を解放しようとしたものなら、反動で使用者が命を落としかねないのだ。
まずは使用者である詩葉の魔力増加、加えて周囲からの補助があって、はじめてまともに使えると推定されている。その両者が整ってきたタイミングから少しずつトレーニングをはじめ、空撃ちが実現したタイミングで魔物相手の使用に踏み切ったのが三週間前のこと。
しかし、実戦での緊張の所為か、戦闘中に少なからず疲労が溜まっていたのか、攻撃自体は発動したものの、反動で詩葉が気を失うという事態に陥ったのだ。
すぐに治癒が行われ、幸いにも無事に復帰したのだが。「練習ではよくても、本番で使ったらどうなるか分からない」という懸念が浮上したのも事実だった。
「どう突破できると思う? モニタリングしていた君の意見が聞きたい」
先輩の倉名に聞かれて、希和は考え込む。賢者の特性の一つである解析は、他者のステータスを調べるスキルだ。敵の解析だけでなく、味方のスキルの詳細も本人以上に調べられる。それを応用し、詩葉の聖剣使用にまつわる諸条件を観察するのが希和の役割だった。
「この前を見る限り、本人が意識する以上に聖剣の出力が上がっているように思われました。恐らく、敵の耐久力に引っ張られている……つまり、敵の防御を撃ち抜ける出力を、聖剣が選んでいるのではと」
「つまり、魔王のステータスから、必要なマナ量を逆算すれば勝機はあると?」
「理屈の上では。ただほら、ボス敵に形態変化ってつきものじゃないですか? 追い込まれた魔王がどんな変化をするかが不安なんですよね……かといって、聖剣の火力を他のメンバーで賄えるかも微妙ですし」
「英雄なしで編成しても、結局は前に出る人間の危険度が上がる訳だからね。全員のレベルを上げまくれば、あるいは……」
考えこむ二人の背中が、後ろからバシンと叩かれる。
「いま考えこんでも進まないよ、まずは陽向ちゃんを説得しなくちゃ」
元部長の和可奈だった。仲間の説得という重苦しい雰囲気を吹き飛ばすような、軽やかな笑顔。
「一緒だったら大丈夫。だから今は、一緒に戻ることに集中しよう?」
「……そうだね、助かったよ山野さん」
「ええ。分かってもらいましょう」
前を向いて陽向のことを考え出すと、今度は新しい懸念が浮上する。
「……歯向かってきたら骨が折れそうですね」
少なくとも、強さの基準――レベルでいえば、部員の平均が30半ばの所、陽向は50近いというぶっちぎりだった。個人での魔物狩りの成果である。しかも、魔術戦士という攻撃的な職業である。いくらこちらが人数を揃えているとはいえ、本気で向かってこられると相当に厳しい戦いになりそうな予感がした。
*
目的の廃墟に着くと、すでに陽向は待ち構えていた。また捜索になるかとも予測していただけに、随分と拍子抜けだが。愛用の薙刀を構えた姿は、どう考えても歓迎しているようには見えない。
「皆さんお揃いで。忘れ物でも届けに来てくださったんですか?」
文面こそ丁寧だが、口調は高圧的だった。これでも学年は一番下なのだが、明らかに上から目線である。
「君と詩ちゃんを迎えにきたんだよ」
誤魔化さず、きっぱりと言い放つ和可奈。
「残念です。そういうことでしたらお引き取りください」
さらにきっぱりと拒絶する陽向。
「そうなるわなあ……」
嘆息する希和の隣で、陽向と同期である清水は感心したように呟く。
「キレッキレですね、流石は僕が惚れた子です」
「違う、そうじゃない……いや、だったら君が説得をだな」
「男じゃ無理っす」
和可奈の説得は続く。
「聖剣にこだわらない戦い方だって無理じゃないんだから、みんなが無事なままで勝てる方法、一緒に考えようよ。私たちには、君たちが必要なんだから」
「皆さんはそう考えていても、詩葉さんは下がらないんですよ。自分にしか出来ないことでみんなが助かるなら、自分に危険が及ぼうと諦められない人です」
陽向の言い分には、希和もある程度は納得できた。この前のテストも、躊躇する希和を詩葉が説得する形で実行されたのだ。
その危うい「らしさ」に、どう向き合うのか。
「だからって、詩葉から選ぶことを取り上げるのは違うだろう」
バトンを引き継いだのは、現部長の結樹。詩葉の旧友でもある彼女の指摘は正論のようで、だからこそ。
「正しくなかろうと構いません、詩葉がいなくなることに私は耐えられないんです。
――帰れなくたっていいじゃないですか、ここには仲間がいるんですし、彼氏彼女の人もいるじゃないですか。人々を守りながら、仲良く暮らしました、それじゃダメですか?」
彼氏彼女、というワードに、視線が交錯する。
「……ケイならここにいるけどさ」
「ウチの彼はあっちにしかいない」
「そもそもいないっす」
「私の陸斗さんもいない……じゃなくて!」
再び和可奈。
「それはそれで悪くない暮らしだよ。けどさ、ここに元から暮らしている人たちは? 魔物に怯えて必死に生きている、そんな人たちに平和を取り戻すために、私たちはいるんだよ?」
自分たちが帰れるかどうか、以前に。
ここには、自分たちが救わなきゃいけない人がいるのだ。
そんな正しさを、陽向は。
「……そんな正論、知りませんよ」
「なんて――」
「私にとって正しい世界、それは詩葉がいる世界です。他がどうだろうと、詩葉さえいれば十分です――これで分かっていただけないなら、実力行使で帰っていただきます」
陽向から放たれる殺気に、緊張が走る。
「大丈夫です、殺す気はありません……ああでも、うっかり手加減しきれない可能性はありますね。どうか、賢明なご判断を」
「……しょうがないな。みんな、行けるね?」
和可奈の確認に頷く。説得が叶わなければ実力で確保、事前の相談通りだ。
「とにかく取り押さえて。そこからは僕か沙由さんに」
「陽向さんの耐久は相当に高いです、躊躇わないで攻撃して構いません」
「もし深手でも、ここのみんなで治療すれば、きっと」
倉名、希和、春菜からも再度の確認。
戦闘の構えを取る部員たちに、陽向はため息をつき。
「いいでしょう――私が諦めないこと、その身体に教えてさしあげます!」
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