第二話 ある日のアドリア軍務省
アドリア商業連盟 首都アウグスティア 軍務省
「空母三隻、ミサイル母艦三隻、ミサイル巡洋艦十五隻、各種駆逐艦百隻弱……これで全軍の半分だと言うんだから凄まじいよルーシは」
オクタヴィア湾に面する港湾都市、他の官庁とは異なり港近くの工業地帯に位置する軍務省のオフィス。
その長官たる、軍務官トマス・ナポリが報告書を片手に呟く。
「さすがに無補給でラティウムまでってのは無理があるのでまずはレオン島あたりを取って、そこを足場に本土をって感じですかね」
「そのあたりが現実的な線じゃないか」
連名で報告書を持って来た軍令部副参謀長ラウロ・パトローニ大将と海軍司令長官補佐ブルーノ・ピコット中将もやや興奮気味に意見を交わす。
三人の話題は、先日ルーシを発ち、一路ラティウムへ向かっているルーシ海軍南洋艦隊についてだった。
「もともと例の異界人が来る前から地の国力は高かったですからね。まったく活かせてなかっただけで」
「そもそも連合を国家として扱うべきかどうかは判断に迷いますが。リューリク族が軍事力と教会権威を盾になんとか舵を取れたり取れなかったりしている状態だったので」
「連合、つーかリューリク族は何がまずかったってパル=ヘル戦争で回廊同盟相手に逆侵攻かけちゃったのがマズかった。あのまま山の向こうに逃げたのをそのまま見送っとけば、攻められたけどそのおかげで統一国家になれた上に教会の後ろ盾も貰えたしで万々歳で終わるはずだったのに、欲張って仕掛けた結果ヘルヴェティア回廊で全滅しちまったんだから」
三人が私見を述べ合う中、パトローニの携帯電話に着信が入る。
「失礼……はい、もしもしパトローニですが。あ、参謀長。これはどういった風の吹き回しで? あ、はい。ちょうど軍務官と長官補佐が」
パトローニがスピーカーモードをオンにすると、威勢のいい少女の声が室内に響き渡った。
「やっほー、みんな元気?」
「ええ。おかげさまでね。長官も休暇を満喫されているようでなによりですよ」
「いやー、快適快適。それはそうとしてさ、沖にルーシの艦隊がいるじゃん。あれ沈めちゃダメ?」
「ダメです。だいいち沈めてどうするつもりですか」
上官のとんでもない提案をパトローニはにべもなく斬り捨てた。
「え? いい訓練になるかなって。あとラティウムに恩が売れるかもしれないし」
「海軍の練度についてはご心配なく。どこかの誰かさんのせいでツワモノとゲテモノしかいません。それと我が国とラティウムの関係は最悪もいいところなんで恩売ろうとしても無駄です。あなた軍務次官ならそれくらい知っておいてください」
「あーそうだったわー仲悪いんだったわーすっかり忘れてたわー」
大仰かつ感情のこもっていない返答に、一同は思わずため息をつく。
「あのですね参謀長。休暇を楽しむのは結構ですが仕事中の部下にふざけた電話をかけてくるのはやめてください。次やったら休暇返上で軍令部に出頭して貰いますからね。私は本気ですよ。いいですね?」
「はーい。気をつけまーす。それじゃあと一週間よろしく。お土産奮発するから許してねー」
「はぁ……相も変わらず自由な人だ」
言いたいことだけ言ってきられた電話を見てナポリがまたもため息をつく
「俺も苦労してるけど……あんたも苦労してんだなパトローニさん」
「まったくですよ。なにか変なことしようって時にまず話振られるのが私ですからね」
「心中お察しするよ」
散々な物言いだが、三人ともずっと年下のこの少女に敬意やそれに近い何かを持っているのは確かであった。
その少女の名はアユミ・ウシオ。アドリア商業連盟の異界人である。
簡単に言ってしまうと奇人変人の類いで、まず就いている地位からしてそれがうかがえる。
軍務次官、軍務省兵器局局長、軍令部参謀長、海軍司令長官、地上軍総司令部首席作戦参謀、以上五つが彼女の就任している主立ったポストになる。
軍政のナンバーツー、兵器開発の責任者、軍令の長、海軍のトップそして地上軍の事実上のナンバーツー、彼女はこれらを同時に務めていることになるのだ。
もっとも、異界人という特殊な立場上、兼職をするということはままあることだ。
他国の例を挙げると、ザルツァ帝国のリョウト・フォン・ザルツァは国政を統括する宰相に加え、統帥幕僚長として自ら軍令業務を執り行っているし、レジオン王国のリツエ・オキタは一時期とは言え、国務大臣職の大半を務めていたこともあった。
だがアユミの場合、彼女以外でも務まる仕事を彼女がやっている例が多い。特に兵器局の局長職など、自分で好き勝手に兵器を作りたいが為に務めているものである。
これだけ好き勝手やっているが、彼女の評判は軍民問わず上々である。
これには理由が三つほど理由があり、まず一つはアドリアの国民性にある。アドリア人は細かいことを気にしない性分とよく言われており、比較的奇人変人に寛容である。奇行放言はむしろ才能の証左という見方が一般的で、多少変なことをしてもみんな許してくれるのである。
第二に、アユミ本人の気質がある。彼女は奇人変人にありがちな他者を寄せつけないタイプではなく、逆にフランクで陽気な姉御肌といった性格で、部下からは慕われており、特に兵器局の面々からは絶対の信頼を置かれていた。
上官達からしてみても、手のかかる子ほど可愛いというものなのか、娘も同然の年齢の少女が日々失敗にもめげずトライ&エラーを繰り返す様に父性ないし母性をくすぐられるものがあるらしく、上層部も文句を言うことも少なくないがなんだかんだ可愛がっている。
そして何を隠そう、アユミ・ウシオがアドリアで好評価を得られているのはもう一つ理由がある。
「失礼、こっちに着信が……はい、もしもし。ああ俺だ、ピコットだ。は? 何言ってんだてめえ! 許可するわけねえだろ! 出撃なんかしてみろ! 地上軍の防空隊に頼んで撃墜するぞ!」
「……なんですかいったい?」
「WIG隊から例の南洋艦隊仕留めに行きたいから出撃の許可くれって」
「……はい?」
「なんでうちって上から下までこんなんばっかなんだろ」
その理由とはズバリ、周囲がアユミ・ウシオに染め上げられつつあるからであった。
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