第75話 窓の外にいるのはリアルなの?

 連れてこられたのは四畳ほどの狭い部屋。博士にあてがわれた部屋だという。


「ヒマワリの種には気付いてくれたようね」

「すみません。せっかくのチャンスを」

「仕方ないわ。私もあんなに早く出航するとは思わなかったし」

「いったい、何があったんです?」

「さっき、私達が話をしている間に第六台場で取引があったらしいのよ」

「取引? じゃあ、リアルは第六台場に来たんですか?」

「来たことは来たわ。ただ、内調の少年スパイは偽の黒猫を用意してきたの」

「じゃあリアルは?」

「別のところから上陸して、杭に縛られているあなたを助けようとしたらしいわ」

「え? だってあたしはここに」

「奴ら、3Dプリンターであなたの人形を作ったのよ。それにまんまと騙されたのね」

「それで、どうなったんです?」

「騙された事に気が付いたリアルと内調の少年が暴れたの。それが、強いのなんのって、シーガーディアンも十人ぐらい傭兵を雇っていたのに、三分足らずで壊滅したんですって」

「そりゃあ、糸魚川君は強いですから」

「そんなわけで、掴まった傭兵達がスコットアーウイン号……つまりこの船の居場所を白状する前に逃げだそうという事になって、さっきの緊急出航という事に……え? あなた今なんて言った?」

「え? あたし変な事言いました?」

「内調の少年スパイの名前。なんて言ったの? それに敵であるはずの内調と、あなたがなぜ一緒に行動していたの?」


 そうか。この人まだ知らなかったんだ。


「あのですね」


 かいつまんで糸魚川君との経緯を話した。


「なんですって!? 糸魚川の息子? しかもプロポーズされた?」

「いや……プロポーズじゃなくて、告白されただけで……」

「駄目よ。あの男のデオキシリボ核酸を受け継いでいる男なんて。絶対浮気者だから」


 それ言ったらリアルもなんだけど……


「ええっと……あたし別に付き合うつもりはありませんから」

「それが正解ね」

「そんな事より、あたし達これからどうなるんですか?」

「そうね。なんとか、リアルともう一度連絡を取りたいけど……」

「連絡を取ってどうするんです?」

「もちろん、動物部隊の存在を公表するための動画を作るのよ」

「待ってください。なんでシーガーディアンなんかに頼るんです? 他に方法はなかったんですか?」

「実を言うと、最初は野党の議員に相談しようとしたの」

「野党の議員?」

「政友党の幹事長にね。政敵のスキャンダルだし、協力してくれると思ってアポもとったのよ。ところが、屋敷に行ったとたん、奥さんが怒り出して追い返されてしまったの」

「なぜ?」

「さあ? 私が浮気相手とでも思ったのかしら? アポを取ったと言っても、非公式の面談だったし、私も素性を隠していたし」

「それで、シーガーディアンに」

「ええ。また、あの屋敷に行くのは怖いから」

「シーガーディアンの方が怖いと思います」

「そんな事ないわよ。確かに彼らはテロリストだけど、普段はまじめな人達よ。現に、さっきあなたがエンジンルームで乱暴されそうになった時、助けてくれたでしょ」

「え? 博士、あの場所に居たんですか?」

「え? いや、小さな船だから噂が伝わってきたのよ」


 不意にグッキーがブルゾンのポケットから顔を覗かせた。


「そうそう、あなたもご主人様を必死で守ったのよね」


 博士はグッキーの頭を撫ぜる。

 そうだ!! 博士にあの事を話さないと。


「博士、もうシーガーディアンなんか頼らなくても大丈夫です。あたしの友達が、リアルの存在を公表する準備しているんです」

「どうやって?」

「たぶん、ネット動画だと思うけど。でも、リアルを保護したあたし達が勝手にやるんです。誰にも迷惑掛かりません」

「そう。確かにそれなら誰も迷惑しないわね」

「だから、早くこの船から逃げましょう」

「そうね。だとすると」


 不意に博士が押し黙った。

 どうしたんだろう?


「人が来たわ。隠れて」


 トントン。


 ノックの音がしたのは、あたしが折り畳み式のベッドの下に隠れた時だった。


「ハミルトンです。入って良いですか?」

「どうぞ」


 ドアの開く音がする。


「夜分失礼します。博士にちょっとお願いがありまして」

「どうしたの? あら。あの子のスマホね」

「これで猫と連絡を取って欲しいのです」

「私に?」

「我々は猫から信用されてません。ですから、博士の口から説得していただきたいのです」

「最初から乱暴しなければこんな事にならなかったのよ」

「面目ありません」

「いいわ。私が連絡するから。でも、その間私を一人にしてくれません」

「もちろんです。終わったらインターホンで連絡してください」


 突然、轟音が聞こえてきた。


「何の音?」

「ヘリコプターですよ。第六台場で無事だった傭兵達が戻ってきたようです」

「ずいぶん時間が掛かったのね」

「エンジンをやられまして、修理していたのです。それでは猫との連絡お願いします」


 扉の閉まる音が聞こえた。程なくしてあたしはベッドの下から出される。


「今の話聞いていたわね」


 博士の手にスマホが握られていた。


「それ、まだ返してもらえないですよね」

「ごめんなさいね。でも、リアルとの通信手段は手に入ったわ」


 あれ? スマホの画面に着信がある。


 この番号って!?


「博士。この番号って」

「え?」


 博士はスマホを覗き込んだ。


「リアルの首輪通信機じゃないの。何やってるのよ。居場所を探知されちゃうわよ」

「それが、処分命令が凍結されたとか」

「凍結? どういう事?」

「さあ? 詳しいことを聞く前に捕まっちゃったから」

「いいわ。ちょっとリアルを呼び出してみて」


 博士はスマホを差し出した。


「いいんですか? あたしが出て」

「まず、あなたの声を聞かないと信用しないと思うわ」


 あたしはスマホを受け取った。

 最後の着信履歴を見ると一分前。

 今かけたばかりなんだ。

 かけ直そうとした時、先に着信が入った。


『瑠璃華。やっと出てくれたか』

「え? リアル!? なんであたしがスマホを取り戻したって知ってるの?」

『窓の外を見ればわかる』


 船室には小さな窓があるけど……なにあれ? 大きな鳥が夜空を飛んでいる。

 鳥って夜は目が見えなかったんじゃなかったっけ? あれ? 鳥が足で何かを掴んでいる。


 あれって……


 リアル!?

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