第68話 博士って、何者?
夜景を前にして二人の男がいた。
一人はポール・ニクソン。
そしてもう一人、ハミルトンは、あたしから取り上げたスマホで誰かと電話していた。
「そうだ。第六台場へ来なさい。方法は任せる。君が大人しく来たらお嬢さんは解放する」
アラブ人はポールに向かって英語で何かを言った。なんか口調からして怒っているみたい。ポールも何か言い返している。しばらく会話してからアラブ人はあたしの方を向く。
「第六台場であなたを解放すると言ってるわ」
「え? 第六台場って?」
「お台場は知ってるかしら?」
「ええっと……フジテレビがある……」
「その近くにある第六台場よ」
「ええっと……お台場に第一とか第六とかあるんですか?」
「あなた……お台場という名前の由来を知らないの?」
「知りません」
「まったく、近頃の歴史教育はどうなってるのかしら」
そんな事あたしに言われても……
「日本が開国した頃の事は習ったかしら?」
「習ったというか、大河ドラマで見ました」
「じゃあ、昔、アメリカ艦隊が江戸幕府に大砲を突きつけて『開国しろ』と脅迫した事は知ってるわね」
「ええっと……それは知ってますけど……」
まあ、言ってることは間違ってないけど、もうちょっとソフトに言っても……やっぱアラブの人はアメリカが嫌いなのかな?
「アメリカ艦隊から江戸の町を守るため、幕府は品川沖を埋め立てていくつかの人工島を作り大砲を設置したの。その人工島が台場と呼ばれる海上要塞。現在のお台場という地名はそこから来ているのよ」
「はあ」
なんか、この人、学校の先生みたい。てか、なんでアラブ人がそんなに日本史に詳しいの?
「今でも当時の海上要塞が残っているわ。その一つが第六台場。わかったかしら?」
「わかりましたけど、第六台場って人工島ですよね? そんなところで解放されて、あたしどうやって帰ればいいんですか? この季節に泳いだら風邪ひいちゃう」
「大丈夫よ」
アラブ人はスマホを操作した。
「第六台場は陸続きに……」
不意に彼女は押し黙った。
そしてハミルトンに向き直る。
「ちょっとハミルトンさん。第六台場は陸続きじゃないわ。陸続きなのは第三台場の方よ」
ハミルトンが振り返る。
「大丈夫。第六台場と言ったのはフェイク。猫だけならともかく、内調の少年スパイも一緒にやってくるだろうから、どんな小細工をされるかわかったものじゃない。だから、奴らには第六台場に上陸させて、そこで猫を確保したら、お嬢さんを第三台場で解放します」
「それならいいけど、なんで台場なんて遠くまで行くんです? もっと、近くで解放したっていいでしょ?」
「博士。我々は後がないのです」
博士? この人学者さんなんだ。だから、学校の先生みたいな言い方するのね。
「日本に潜入した仲間はかなり逮捕されてしまいました。猫を入手したら、一刻も早く日本の領海外へ逃げ出す必要があります」
「台場の近くに船を用意してあるの?」
「そうです。ですから、博士にも我々と同行してほしいのです」
「しょうがないわね。ただし、動画が出来たら私は猫を連れてすぐに帰りますからね」
え? 連れて帰る? この人ってシーガーディアンじゃないの?
アラブ人はあたしの方を向き直った。
「聞いてのとおりよ。あなたは第三台場で解放されるわ。そこからは一人で帰れるわね?」
「ええっと……帰れますけど……」
「この時間じゃ電車がないわね。解放する時、タクシー代を渡すからそれで家に帰るのよ」
「はあ……あの、あなたは、シーガーディアンじゃないんですか?」
「そうね。その事は後で話すわ。とりあえず、私のことは博士とでも呼んで」
博士って、何者?
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