第64話 エアロスクラフト

 誇大妄想のようだったけど、星野さんの言ってることは意外と現実的だった。


 だって、リアルの存在を世間に知られてしまったら、総理にとって大変なスキャンダルになる。


 だからこそ、柳川総理はリアル達を極秘のうちに処分しようとしていたのだ。


 その前に、知性化動物の存在を世間に公表してしまおうというのが星野さんの提案。


 でも、それって最初にあたしがリアルに提案したことなのだけどね。


 とにかく、話が決まった後、あたし達は星野さんの呼んだ車で隠れ家を離れる事に。


 この車で一度、あたしの家でグッキーを回収して、星野さんの別荘に逃げ込む手はずだ。


 星野さんの呼んだ車はワンボックスカーで、運転していたのは大学生ぐらいのお兄さん。


 星野さんのお兄さんかと思ったら、お抱えの運転手だって。


 やっぱ、星野さんてお金持ちなんだ。


 車に乗り込むと、糸魚川君はすぐに車のカーテンをすべて締めて外を見られなくした。 


 こうしないとあたし達の顔がどこかにある防犯カメラに映ってしまうから。


 糸魚川君の話では、日本中の防犯カメラはほとんど内調のコンピューターにつながっているらしい。


 ちゃちな変装をしても顔認証システムで見破られるのは昨日見たばかり。


 糸魚川君がランダムに逃げ回っていたのも、直接の追っ手でなく内調のコンピューターを混乱させるためだったという。


 あたしは膝の上で寝そべっているリアルの首をくすぐった。


「ゴロゴロ」


 こうして喉を鳴らしていると普通の猫みたいね。


 でも、リアルにとってはどっちが幸せなんだろう?


 普通の猫の方がいいのか?


 知性化猫の方がいいのか?


 人間は知恵の実を食べてしまったから不幸になったってクリスチャンの人達は言うけど、あたしは違うと思う。


 だって知恵がなかったら自分が幸せか不幸かなんてわからないし、神様は案外『ちっ! 余計な知恵付けやがって』と思ってたのかも。


「美樹本さんの家はここでいいのかしら?」


 助手席から星野さんが呼びかけてきた。外を見ると、うちの玄関が正面にある。


「ここです」

「よし、美樹本さん降りよう」


 糸魚川君に促されて、あたしとリアルは車を降りる。


「ん?」


 ふと見上げると夕暮れの空に、銀色に輝く巨大な円盤のような物体が浮いていた。


「な……なにあれ!? UFO?」

「どうかしたの?」


 糸魚川君があたしの指さす先に目を向けた。


「エアロスクラフトか。初めて見た」

「え? UFOじゃないの?」

「まさか。あれはエアロスクラフト……通称エアロスと言ってアメリカで開発された新型の飛行船だよ。普通の飛行船は係留塔や係留柱などの地上装置がないと離着陸できないけど、あれはヘリコプターのように単独で離着陸できるんだ」

「でも、なんでこんなところにいるんだろ?」

「さあ? 米軍が飛ばしてるのかな?」


 糸魚川君は双眼鏡を飛行船に向ける。


「違った。民間の飛行船だ」


 あたしも双眼鏡を借りて見た。本当だ。スポーツ用品メーカーのロゴが入っている。


「でも、凄い低空飛行だけど、大丈夫かな?」

「そうだね。あの高さは明らかに航空法違反」

「法律はわかんないけど。落ちたりしない?」

「まあ、エアロスの性能なら、それは問題ないよ。こういう街中に工作員を下ろしたりもできるから、内調でも導入の動きがあったけどね。事業仕分けで頓挫した」

「ええ!? 内調の装備まで仕分けされたの?」

「報道はされなかったけどね」


 そりゃあそうだろう。でも、内調の本部に仕分人がのりこんで『エアロスじゃなきゃダメなんですか? 気球じゃダメなんですか?』とか言ってる姿を見たかったような……


「ちょっと待ってて」


 糸魚川君は植え込みに手を突っ込んだ。


 何やってるんだろう?


 程なくして、糸魚川くんはビニール袋に入ったスマホを取り出した。


「こいつを持ち歩いてると、居場所がバレてしまうからここに置いてきたんだ」


 糸魚川君は画面を見て顔をしかめる。


「やっぱりな。親父からの着信が溜まってる」

「お父さんから?」

「言い忘れたけど、内調の室長なんだよ。僕の親父は」

「ええ? ねえ、大丈夫なの? あたしなんかのために内調を裏切ったりして」

「気にしなくていいよ。養成所から逃げ出すことは以前から考えていたんだ」

「なんで?」

「君は知らないだろうけど、工作員養成所というのは、この世の地獄さ」

「ああ、そういえば前に、石動のイジメをナマヌルイと言ってたわね」

「そう。僕が任務をわざと引き伸ばしていないかとリアルが言ってたけど図星だよ。今回の任務の合間に、僕は逃げ出す準備を進めていたんだ」

「でも……」

「僕のことなら心配ない。その気になれば、富士の樹海に隠れてでも生き延びられるさ」

「でも、お父さんが心配するよ」

「あんな親父、心配なんかしているものか」

「ダメだよ。お父さんをそんな風に言っちゃ。電話ぐらい出てあげたら」

「いや……でも出たら僕がここにいることがわかってしまうし」


 不意にリアルがあたしの肩に飛び乗った。


「公衆電話からかければいいだろ」

「公衆電話? いや、それだって居場所がばれることに代わりないし……」

「逆探知にされる前に逃げればいいだろ」

「しかし、この辺に公衆電話なんてあるの?」

「俺が知ってる。案内するよ」


 リアルはあたしの肩から飛び降りる。


「じゃあ、俺達電話してくるから、その間にグッキーを回収してくれ」

「その前に」


 糸魚川君はスマホをあたしに差し出した。


「預かっていて欲しい」

「どうして?」

「スマホの電源が入ったままなんだ。このままこれを持って移動したり、電源を切ったりすると、僕が戻ってきた事がバレてしまう」


 スマホを受け取ると、リアルに先導されて糸魚川くんは街角に消えていく。

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