第61話 「気づかれなかったかな?」

「気づかれなかったかな?」

「わからない。念のためここから逃げる準備だけはしておいた方がいいな」

「ねえ。なんでハミルトンみたいな外人が、日本のスパイやってるの?」

「え? ああ、そのことか。あいつらは正規のエージェントじゃないんだ。ていうか、このミッションには、正規のエージェントは投入されていない」

「にゃ!? 俺も舐められたもんだぜ。猫一匹捕まえるのに、正規のエージェントなんかもったいなくて出せないってか」

「違うよ。正規のエージェントを使わない理由は、内調内部の人間が信用できないからさ」

「おい、それって俺を逃がしたのが、内調内部の人間だってばれてるからか?」

「ばれてないと思ってたのか?」

「それは……」

「内調内部の協力なしに、君達が逃げられるはずがない。だから、誰か手を貸した奴がいる事ぐらい容易に推測できる」

「確かに」

「だが、誰がやったかはわかってないから、安心していいよ。とにかく、そんなわけで正規のエージェントが信用できないので、僕みたいな見習いか、あるいは探偵とか、外部のエージェントに依頼していたんだ」

「ハミルトン達も?」

「あれが正規のエージェントだったら、僕みたいなペーペーが勝てるわけないよ。もっとも、あの中に村井がいたのでちょっとビビったけど」

「村井? 瑠璃華の父さんに化けてた奴か?」

「ああ。奴は内調の元エージェントさ。五年前に問題を起こしてクビになったらしい」

「知り合い?」

「写真で見ただけだよ」

「ねえ、糸魚川君は信用されていたの? いくら養成所の生徒と言っても、内調内部の人間みたいなものじゃないの?」

「まあ、そうだけど、今回のミッションは中学生と接触する必要があったからね。大人のエージェントを出すわけにはいかないので」

「接触する中学生って、あたしの事?」

「いいや。石動だよ」

「ええ!? なんであいつと」

「そもそものきっかけは、インターネットに『喋る猫を見た』という書き込みがあったから。石動という中学生が書き込んだのはすぐにわかった。どうせ、ガセだと思ったけど、念のために僕が送られてきたってわけさ」

「あいつ、そんな事書き込んでたんだ」

「君と初めて会った時は、石動と接触するために周囲でのあいつの評判を探ってたんだ」

「最悪だったでしょ」

「そりゃあもう。とにかく、石動の性格がわかったから、気の弱い転校生のふりをして奴に近づこうとしたわけ。そうすれば奴の方から噛みついてくると思って」

「じゃあ、あたしはよけいな事しちゃったのかな?」

「え?」

「だって、糸魚川君、本当は石動なんかよりずっと強いんでしょ?」

「よけいな事じゃないよ。演技とは言え、石動にはかなりムカついていた。だけど、一般人に暴力を振るえば僕は処分される。奴らにリンチされても反撃はできないんだよ」

「そうなの?」

「うん。だから、美樹本さんには感謝してるんだ」

「本当に?」

「ただ、あれはちょっとやっかいだったな」

「あれって?」

「石動が悪さをしている動画を撮って投稿した事」

「う!! そこまで知ってたの?」


 まあ、相手は本職のスパイなんだからすぐわかっちゃうよね。


「君の投稿した動画、石動にかつ上げされた子の親が見てしまい、警察沙汰になったんだ」

「それは知ってるけど……」

「石動が逮捕されると僕としては困るので、上に頼んで警察の動きを止めてもらっていた」


 それで、警察が動くのが遅かったんだ。


「じゃあ、あの日まだ学校に来ていなかったはずの黒沢先生の姿をリアルが見たのは?」

「ああ!! あれは僕の変装。黒沢先生には気の毒なことしてしまったけどね」


 よかった。やっぱり黒沢先生は買収されるような人じゃなかったのね。


「ところがその後、図書室であっさりリアルの居場所がわかってしまった。だから、君達がトイレに行ってる間に、内調に連絡して警察にかけていた圧力を解除してもらったってわけさ」

「そうなんだ。でもさ、なんでリアルを見つけたのに何もしなかったの?」

「上からの命令でね、見つけても手を出すな。しばらく泳がせろと」

「なんで?」

「総理から、内調動物部隊を処分する命令が出たのは知っているかい?」

「ええ。それはリアルに聞いたわ」

「だけど内調の一部の人達がそれに異を唱えて、動物部隊を逃がしたんだ。もちろん、すぐに追跡命令が出たけど、動物部隊はその前にある国の大使館に逃げ込んだ」

「大使館に? なんで?」

「外国の大使館に逃げ込まれたら、日本政府は手が出せない。もちろん、工作員を送り込む事もできなくはないが、失敗したら外交問題に発展する。特に柳川やながわ総理は、そういう事をいやがるんだ」

「でも、リアルは……」

「正直言うと、リアルも大使館に逃げ込んだものと思っていた」

「思っていた?」

「普通、そう思うだろ。一緒に逃げていたんだから」


 糸魚川君はリアルに目を向けた。


「逆に聞きたい、なんでトロンやサムと一緒に大使館に逃げ込まなかったんだい?」

「悪かったな。あいつらと逸れたんだよ」

「なるほどね。とにかく、リアルだけ捕まえても意味がない。トロンとサムがリアルに接触してくるまではリアルは、泳がしておくということになったんだ」

「トロンとサムと俺が揃ったところを一網打尽にってことか」

「そうだよ。そして今朝、とうとうトロンとサムが現れてしまった」

「え? あいつら来てたの?」

「会ってないのか?」

「そういえば、あたしさっき庭でサルの姿を見たよ。あれがトロンだったの?」

「え? いつ見たんだよ? あいつら来てたのか」

「とりあえず、僕はその事を報告したんだ。そしたら僕には手を出さずに庭で待機していろという指示が来た。そしてしばらくしてあいつらが来た。後は知っての通りさ」

「なあ。トロンとサムは捕まったのか?」

「いや。なぜか回収部隊の奴らは、トロンとサムには見向きもしないで君だけを狙っていた」

「あいつらはどこの大使館へ逃げたんだ?」

「それは僕も聞いてない」

「ねえ、糸魚川君。内調はずっとリアルが大使館にいると思っていたわけ?」

「ああ、そうだよ。大使館周辺を見張る以外に特に何もしていなかったんだが……」


 何もしていない?


「しかし、リアルもドジだな。石動に見つかったりしなければ、僕がここへ来ることも無かったのに」

「ほっとけ。だいたいチュウボーのカキコぐらいで動く内調もどうかしているぜ」

「しょうがないだろ。あの書き込みは総理の秘書が見つけたんだ。総理から『確認しろ』と言われたら動かざるをえない。僕はガセネタだという事を確認してこいと命令されてきたんだ。もっとも、普通の学校生活を送れるまたとないチャンスがもらえたので感謝しているぐらいだけどね」

「という事は、おまえ任務期間をのばそうとしてわざと調査に手を抜いたな」

「なんの事だ?」

「ふつうなら、最初の日に石動に校舎裏に呼び出された時点で調査は終わっていたはずだ」


 糸魚川君はリアルから視線を逸らす。


「そんな事ないよ。あいつなかなか口を割らなかったし」

「石動が逮捕されそうになったのを、警察に圧力かけて止めたそうだが、そんな事しなくても、そのまま逮捕させて内調の権限で取り調べ室に乗り込んで尋問できたはずだ。なぜ、そうしなかった?」

「いやあ、それは思いつかなかったなあ。今度からそうするよ」


 糸魚川君。セリフが棒読みだよ。

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