第49話 リアルがいない

 サイレンの方を見るとパトカーではなく、男の子の乗った自転車が土手の上に止まっていた。

 男の子は自転車にまたがったままリュックの中を手さぐりしている。

 やがて、リュックからスマホを取り出して操作した。


「もしもし」


 その途端、パトカーのサイレンが鳴りやむ。

 という事は今のサイレンて……最近はああいう着信音が流行っているの? 

 んなわけない。なんで糸魚川君がここに?


「ええ!? 今から桜ケ丘に?」


 糸魚川君はあたしが近づいてきたのにも気がつかないで電話の相手と話している。


「そうですか。わかりました」


 電話を切るのを待ってあたしは話しかけた。


「糸魚川君」

「わ!? 美樹本さん。なんでこんな所に?」

「サイクリングだけど。糸魚川君は?」

「え? 僕もサイクリングだよ」

「今の着信音てわざと……?」

「え? いや、切り替えるの忘れてたんだけど。わざとって?」

「ううん。なんでもないの」


 気がついてなかったのかな?


「ところで美樹本さん。今の聞いてた?」

「桜ケ丘がどうとか」

「そうなんだ。父さんから買い物頼まれたんだけど、桜ケ丘えすしーってどこかな?」

「えすしー? ああ! SC……桜ヶ丘ショッピングセンターね」


 電話の相手お父さんだったんだ。


「それなら知ってる」

「どこなの?」

「案内してあげるわ」

「え? いや、いいよ。場所だけ教えてくれれば」

「あたしと一緒に行くのが嫌なの?」

「そ……そんな事ないって。そりゃあ美樹本さんと一緒に行きたいのは山々だが、巻き込み……いや、リアルが僕を睨むし」


 あたしはリアルを抱きあげた。


「リアル。糸魚川君と一緒に行こう」

「にゃにゃにゃ」


 リアルは思いっきり首を横に振った。


「そっかあ。あそこで美味しい猫缶買って上げようと思ったのになあ」

「にゃあ?」

「一緒に行っていいよね?」

「にゃん」


 リアルは首を縦に振った。


 桜ケ丘ショッピングセンターはこの近くを通る私鉄の駅ビル。

 中にはデパートや本屋、電気店、各種専門店、レストランが入っている。さっきのサッカー場から自転 車で五分ぐらいの距離だった。


「なんだ、こんな近くにあったのか」

「でも、中は結構広いから、初めての人は迷うよ」

「美樹本さんはよくここへ来るの?」

「何度かね」


 ママが生きていた頃、よくここへ連れてきてもらった事がある。もう何年も前の話だけど……

 去年も一回来た。

 真君の自転車の後ろに乗せてもらって。

 あたしが自転車に乗れるようになったら、もう一度来ようと約束していたけど、もうそれは叶わなくなってしまった。

 薄暗い駐輪場の中に自転車を押して入っていく途中、不意にリアルがあたしの頬をペチペチ叩いた。


「どうしたの?」


 あたしが振り向くとリアルはあたしの耳元に囁く。


「駐車場にあいつがいる」

「え? あいつって……」


 そこまで言って、あたしは気がついた。

 駐輪場に隣接している広い駐車場に、さっきの変態男がいたのだ。


「ひ!!」

「どうしたの?」


 あたしは思わず糸魚川君の背後に隠れた。


「しばらく、こうさせてて」

「え? 大丈夫? 震えてるよ」


 言われてから気がつく。

 あたしはブルブル震えていた。

 今になって怖くなってきたのだ。

 変態男は一人じゃなかった。

 数名の外国人と話をしながら歩いている。

 英語なので何を言ってるのかわからないけど、あの外人達も変態仲間なのかな?

 でも、女の人もいるし……

 不意に変態男と目が合った。

 すると男は慌てて、外人達をせかすように建物の中に入っていく。

 どうやら、変態仲間じゃなかったみたい。


「ねえ。あいつと何かあったの?」

「その……さっき……河原で……痴漢されそうに……」

「なにい!? それはゆるせん!!」


 普段の落ち着いた雰囲気からは想像できないような激高ぶりで、糸魚川君が男を追いかけようとするのをあたしは慌てて止めた。


「やめて!! 怖い人かもしれないし」

「ダメだよ。泣き寝入りは。ああいう男には痴漢が犯罪だって事をわからせないと」

「でも、糸魚川君が怪我でもしたら」

「君のために怪我をするなら……ん?」


 不意に糸魚川君は怪訝な顔をした。


「美樹本さん。リアルは?」

「え?」


 あれ? リュックが軽い。

 リュックを下ろしてみるとそこにリアルの姿はなかった。


「手分けして探そう」

「あ……でも」

「一時間後にここで落ち合うんだ」

「あ! 待って……そんな事しなくても」


 携帯の番号を交換すれば済む事と言う前に糸魚川君は行ってしまった。

 もう!! リアルったら、どこに行ったのよ。

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