第34話

 知ってるだろって、知らないよ。

 どうして私がこいつについて把握しなければならないのだ。

 勝手に好きと言って腰を振り、天使と言って持ちあげといて、梯子を外す。

 こいつも業界の男たちと一緒だ。

 所詮、お祭り騒ぎがしたいだけのオスだったのだ。

 こんなことは慣れている。怒ってもむなしいだけだ。

 感情を殺して、お酒で流し込んで、笑いながら眠ればいい。

 そう思ったが、幸子の体中を駆け巡る激しい血流は、おさまらなかった。

 幸子は自身の握りしめた右手が震えていることと、太一のすぐそばに黒い塊があることに気付く。何だろう? 老眼がはじまったのか、最近視力がどんどん落ちていた。幸子はそれが何かを認識するために、じっと見つめた。

 そして、それが何かがわかったとき、幸子は初めてこれまでしてみたかったことをしようと思った。

 自分にまたがり無様に腰を振り、性を絞り出したら何事もなかったかのように離れていく男たちにしてみたかったこと。

「頼むっ! 別れてくれ」

 太一が再び床に頭をつける。

 幸子は、太一のその頭を鉄アレイで叩いてみる。

 黒い鉄アレイは思ったよりもずっと重かった。

 幸子は持ちあげるときにはぐっと右腕に力を入れたが、それを振り下ろすときはそれほど力をかけなかった。

 持ちあげられた鉄アレイが再び床に戻ろうとする力を、そっと太一の頭のほうへ導くだけで済んだ。

「ぎゃっ!」

 鉄アレイと床に挟まれた太一の頭はものすごい音を発し、続いてものすごい量の血を噴水のごとく周囲にまき散らした。

 太一は何度かびくびくと全身を痙攣させたが、二度と立ち上がることはなかった。

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