定期を拾ったら後輩との同棲生活が始まりました
香珠樹
第1部 定期から始まった同棲
プロローグ
始業式は憂鬱だ。
今までは平日でも家にいることができ、その時間を丸ごと自由にできていたのに、学校というものは様々なことが制限される。勉強の時間が制限されていたり、ゲームをできなかったりなどなど。
高校は別に義務教育ではないのだが、ほとんどの人が高校に進学する。将来的に行っているのといないのでは、大きな差ができてしまうからだ。
だから学生はそんな不自由な場所へと行くのである。少なくとも俺にとって学校はその程度のものだ。
俺は重い体に鞭を打って、布団を後にする。……ああ、離れたくないよ、マイ
今日は春休み後の始業式だ。
要するに、新しくクラスが発表されたり、新入生が入ってくるといった、ある意味一大イベントとも言えそうな日なのだが、俺にとっては憂鬱な日々の中の一日でしかない。
クラスが変わったとしても、どうせ皆元のクラスのやつなどと騒ぎ、人間関係に変化が見られ始めるのはしばらくしてからだ。仲が良かったが別のクラスだったという人と仲良くなり始め、友達の友達となっていくことによって新しく友達となる。
そして友達がもともといなかった人では、その友達の輪に入ることは難しい。
つまり、俺は基本的にどのクラスになろうとぼっちだ。
と言っても、この状況は自分が望んだことだ。自ら友達を作ることを拒否した。
別に馴れ合いが嫌いなわけじゃない。おそらくそうやって友達と騒ぐのはとても楽しいだろう。
ただ、面倒くさい。
友達と一緒に楽しむために自分に嘘をついて友達に合わせたりと、そういう気を使うことが必要なのが、面倒くさい。
だから、自ら友達を作りに行くようなことはしないし、たとえ遊びに誘われることがあろうとも、行くことはまず無い。
学校では常に一人で本を読み、近づくなというオーラを発する。部活にも入らず学校が終われば即帰宅。
そんな生活をしていれば、友達なんかできるわけがない。
新入生についてもそうだ。
こちらが興味を示さなければ、例え相手が興味を持とうとも、自然と興味を失っていく。
いつもそうやって学校生活を送ってきた。
最早友達がいないことなど辛くはない。迷惑もかける必要がなく、平和に過ごせる。
さあ、平和な日々の再スタートだ。
「行ってきます」
俺は誰もいない玄関にそう言い残し、さして楽しくもない日々に向けて歩き始めた。
「ん、落とし物か?」
通学路の途中、道端に落とし物を見つけた。
それは定期券だった。
交番に届けようと思ったのだが、ふと定期券内の部分が目に入る。俺と同じ範囲だ。
俺の使っている最寄り駅から、俺の通っている学校の最寄り駅まで。
もしかしてと思って名前の書いてある部分を見てみる。
『ミナミ ヒナ様 15才』
恐らく同じ学校の新入生だろう。俺の学校の周辺には別の高校はなく、この年齢でその駅ならば、ほぼ確実に同じ学校の生徒である。
まあ、それが分かったところで交番に届けるのは変わらないのだが………いや、それよりも駅に行った方がいいだろう。
この道は普通に人が通る。それなのに誰も拾わずに落ちていたということは、まだ通ってからあまり時間が経っていないと思われる。
そして、この駅は少し学校から遠く快速に乗らなければ間に合わなくなるのだが、もちろん快速の数は少ない。学校に間に合う電車は、俺が乗る予定の次の列車が最後なのだ。
これで交番に届け、向こうが取りに戻ったりすれば確実に遅刻する。入学初日に遅刻はかわいそうだ。
なので、駅に届ればまだ間に合う可能性があるだろう。………まだ駅に残っていればの話だが。
鞄を担ぎなおし、しっかりとスタンスを固定する。そして俺はその目的の人が駅に残っていることを信じて駅へと走った。
「お、あれかな……」
駅に着いたら、簡単に探し人は見つかった。
名前から推測してたけど、やっぱり女の子かぁ……。気まずいなぁ……。
落とし物を拾ってあげる、なんとまあテンプレートな出会い方だ。
しかし、こちらはイケメンでもなんでもないただのぼっちである。恋に発展して……ということは起きるはずもない。それどころか、自作自演を疑われて、悪い噂でも流されそうだな。うわ、想像するだけで渡す気無くなってきた。
しかし、どちらにしろこちらはあまり深く関わるつもりはない。……でも、疑われたらしっかり否定しよう。
ふーっと息を吐き、気を引き締める。
よし、行くぞ。
「すみません、もしかしてミナミヒナさんです……か?」
「ん?あ、はいそうですけど、何か用ですか?……っていうかなんで私の名前知ってるんですか?」
可愛いっ!
さっきは後ろ姿しか見れていなかったのだが、振り返った彼女は途轍もなく可愛かった。
長くて綺麗な茶髪を腰のあたりまで伸ばしていて、振り返った時に舞っていた姿はとても美しい。
そして、今は俺のせいでジトーっとした目にはなっている少し色の薄い黒目に小振りな鼻。総合的に見てもアイドルと同等以上に顔立ちが整っており自分なんかが声をかけてよかったのか心配になってくる。格の違いってやつだな。……というか彼女の周りだけ輝いて見える。何この神々しさ。天使なの?
正直、こんなに可愛い女の子と喋ったことなんて今までの人生で一度も無いだろう。
これは是非とも恋の方向に進んでほしいな……ま、ありえないけど。
「えっと、さっき道の途中でこれ落ちてて……」
「あっ、私の定期!拾ってくれたんですね!ありがとうございます!……これで学校に間に合う……」
そして彼女はとてもほっとした表情になった。うん、可愛い。だけど今度からはもっと早い電車に乗ろうね。……まったくもって俺の言えた義理じゃないけど。
「よかった、間に合いそうで。それじゃあこれからの三年間、楽しみなよ」
よし!無難に済んだ!ってか最後なんかクールに決めれたぜ!俺カッコいい!(嘘ですごめんなさい)
最悪窃盗犯呼ばわりされるかもと思ってたので、正直かなりホッとしていた。いくら望んでぼっちになっているからといって、嫌われたいとは思わない。
後ろを振り返ってこれ以上の関与をやめようとしたのだが……
「あ、待ってください!」
腕を掴まれた。……意外と力強いな。
「まだお礼とかしていないし、それに入学初日なのでちょっと不安で……だから学校まで一緒に行きませんか?どうせ乗る電車も一緒ですし」
いや、可愛いかよ!
緊張でおどおどしていても可愛さ百パーセントで構成されている。何この強キャラ。羨ましい。
いくら人との関わりを面倒くさがっているって言っても、俺は男だ。靡かないわけがない。
「べ、別に構わないが……」
「あ、ありがとうございます!」
こんなぼっちと登校してくれるなんて、こちらこそありがとう。
そして、ふと我に返る。……あれ、深く関わるつもりないんじゃなかったっけ?自分の言葉に責任を持てよ、俺。
はぁ……下心で流されてしまう自分が嫌だ。……でも、どうせ今日だけだろう。一日だけなら、一緒に通学くらいいいよな。
誰に対しての言い訳かもわからないまま、改札を通る。
「ほら、早くいかないと折角定期届けたのが無駄になるだろ」
「そうですね。じゃあ行きましょ、先輩!」
後から改札を通ってきた陽菜が横に並んでそう言った。
可愛い後輩が言う「先輩」って、破壊力抜群だな。もっと呼んでいいよ!
ホームに行くと、丁度電車が到着するところだった。
来た電車に乗ると、まだ空いていたので難なく二人分の席を確保できた。
「そういえば先輩の名前、まだ聞いてなかったですね。先輩はもう知ってると思うんですけど、一応私の名前は南陽菜です」
「俺は水﨑優斗だ。……ってか、なんで俺が先輩ってわかった?制服の違いとかはないはずだが……」
「あぁ、それはですね、先輩が私に定期渡してくれた後に『これからの三年間、楽しみなよ』とかカッコつけてたので、先輩が少し見え張ってくさいセリフ言ったのかなって」
うわぁ~~~死にたくなってきた……言った後自分で「クールに決めれた」とか思ってた自分が恥ずかしい。……この電車の窓から飛び降りれば人って死ねるのかな?
隣でクスクス笑う声が聞こえたのでそちらにジト目を送ると、やはり陽菜が笑っていた。こういう時可愛いのって反則だよな。
「……でも、ちょっとだけカッコよかったですよ、先輩。私、ちょっとドジなところがあるってみんなに言われてて……改札の時定期がないことに気付いてめちゃくちゃ不安になってたんです。そこに先輩が定期を持ってきてくれて……あの捨て台詞が相殺されるくらいにはカッコよかったです」
うん、わざわざ飛び降りる必要ないな。舌噛み切れば十分。
「………もうそのセリフ忘れてくれないか?」
「いやですよ~。まぁ、先輩がどうしてもっていうなら、私の心の中だけに留めておきますよ」
「頼む、そうしておいてくれ」
「はーい、わかりました」
クスッと笑うその姿は悔しいくらいに可愛い。ちょっと笑うたびに可愛いって思ってしまうのは、果たして俺がチョロいからなのだろうか。
そんなことを考えていると次第に恥ずかしくなってきたので、視界から陽菜を追い出して、違うことを考えようとする。
しかしやはり意識はしてしまう。考えて出てくることはすべて陽菜についてばかりだ。
考えているだけでは沈黙が生まれる。沈黙が生まれるという気まずい事態は俺が最も嫌うものの一つだ。コミュ障なんでね。
先程考えて陽菜についてのことで、質問をひねり出す。
「……そういえばお前、入学初日で不安って言ってたけど、例えばどんなことが不安なんだ?」
「そうですね……例えば入学初日にドジったりしないかとか、クラスにしっかり友達ができるかっていうのですね」
「ドジの方は学校行く前にしてるけどな。でも友達の方は心配いらないだろ。お前可愛いし喋ってて楽しいし……」
まだ俺の黒歴史がえぐられただけだが、これは事実だ。まあ喋ってて楽しいってのは可愛いっていう先入観のおかげかもしれないが。
「か、かわいい………私可愛いですか?」
「ん?まぁ俺が見た中で一番くらいにはな」
「っえ!」
かぁっと陽菜の頬が染まっていき恥ずかしそうに俯いたかと思うと、いきなり起き上がってポカスカ殴ってきた。痛くないしとにかく可愛いだけなんだが……。
「そういうことはっ!恥ずかしいからっ!言わないでくださいっ!」
「ごめんって!謝るから殴んないで!」
その可愛い攻撃は二分ほど続いた。長かったな。
落ち着いたのか、ふぅっと深呼吸をして陽菜は元に戻った。
「すみません、取り乱しました」
「あれ取り乱したってレベルじゃないけどな……」
どっちかっていうと暴走の方が正しそうだ。
「細かいことは気にしたらだめです。……まぁ、なんで私が可愛いと言われて取り乱したかなんですけど、私、中学の時はかなり地味だったんです」
へぇ、地味だったのか。今からだとやっぱり想像できないな。今めっちゃ目立つもん。もう光り輝いてるレベル。
「あ、でも今の先輩ほどではないですよ?」
「おい」
「ふふっ、冗談ですよ。先輩はカッコいいです」
「んなっ!」
「さっきの仕返しです」
「ぐっ………」
陽菜のやつ、慣れてきたら小悪魔めいてきやがって……可愛いから文句も言えねぇだろうが。やっぱ後輩は小悪魔に限るな。
「まぁそれはそうとして、私、高校生になるときにこのままではいけないって思ってイメチェンを決意したんです。でもそれもつい昨日のことで、友達に感想とかも聞けてなくて……だから心配だったんですよ。それを先輩はあんな風に……あぁ、思い出しただけで恥ずかしいです!」
「そんなに恥ずかしかったのかよ……んまぁ、心配することはねぇぞ。しっかり可愛くなってるから」
「んん~~っもう!この話やめましょう!私が恥ずかしくなるだけです!戦略的撤退!」
あぁ、なんかほっこりするな、こいつといると。……あ、この気持ちは小動物に抱く気持ちに似てるな。もしかして今までの可愛いって思ってたのもそれが原因だろうか?
「……そういえば、先輩は何歳の先輩なんですか?」
「何その聞き方。俺タイムトラベルとかできないからな。十六だよ、お前の一個上」
「なるほど……ということは一年経てば追いつけますね!」
こいつやばい。
「俺だけ時間止めないでくれますかね?いくら俺でも同じ時間が経てば同じだけ歳取るから。……お前、ほんとにポンコツだな。それとも単純にバカなのか?」
「流石にそれはポンコツの方です。……それより、そのお前って呼び方やめてほしいです。せめてポンコツにしてください」
「ポンコツの方がマシとか、感性狂ってるだろ……」
しかし、どうするべきか……。
なるべくこれ以上深く関わることにならないようにしたいからな。親しくなりそうな呼び方は我慢だ。ここは無難に行こう。
「んなら南さん」
「却下」
「南」
「却下」
「南ちゃん」
「却下」
「まさかの南くん」
「ないです」
……やっぱり苗字は却下なのね。うん、何となく予想はしてたよ……。
「……はぁ………陽菜」
「はい!なんですか先輩!」
「いや何もないけど……」
「それっていわゆる名前呼んどいて、『呼んでみただけ』って答えるバカップルがよくやってるやつですか!えへへ、私愛されてますねぇ」
「どんだけハッピーな脳してんだよ……」
こいつといるとどんどん疲れていくなぁ……朝からなんでこんなにテンション高いんだよ。ほんとに元々地味なんだろうかって疑いそうだ。
その時ちょうど車内アナウンスが流れ、俺達の学校のある駅に着く旨を伝えた。
「そろそろ着くぞ」
「そうですね。それなら先輩、最後に一つだけ質問していいですか?」
「駅着いても学校まで歩く時間あるだろ……」
「まぁそうなんですけど………ちょっと学校まで急がないといけないんで、ゆっくりできなさそうなんです」
朝やることがあるのだろうか。明確にそれを言ってないってことはあんまり言いたくないのだろうし、聞いてまで知りたいとは思わなかった。
「そうか。それで、質問って?」
「先輩は何て呼ばれるのが一番萌えますか?」
何そのどうでもいい質問。
それわざわざ『最後に』とかつけなくてよかったよね?
真剣な顔だと思ったらこんなにどうでもいいこと質問してくるなんて……俺のシリアスな気持ち返して!
それにしても、一番萌える呼び方か……。
こんなん正直に答える必要なんてないんだろうけど、もしかして一回くらい呼んでくれたりするのかもな……いや、これは単に俺の黒歴史を増やそうとしているのではないだろうか?
ま、減るものでもないし一応正直に答えるか。恥ずかしくない程度で。
「……『優斗君』かな」
「そうですか」
すると陽菜は立ち上がって俺の前に来ると、のどの調子を整えるかのような仕草をした。あ、これはもしかしてもしかするのでは?
別に『優斗君』という呼び方に何か思い入れがあるわけではないが、可愛い女の子に下の名前で呼ばれるかもしれないのだ。めっちゃワクワクする。
「それじゃあ、『優斗君』、また後で!」
そう満面の笑みとともに言った陽菜は、丁度いいタイミングで開いたドアに逃げ込んでいった。
俺はそのまましばらく硬直してしまっていた。
目線の先は先ほどまで陽菜がいた場所。
何この破壊力。両親よ、俺に優斗という名前をくれてありがとう。
するとその時、ドアが閉まる音が聞こえた。……あ、やらかしたわ。
そして俺は茫然と移り変わっていく窓の外を見る。
今日も天気がよさそうです。
☆あとがき
この作品に興味を持ってくださり、ありがとうございます。
星やハートをもらえると作者の活力となるので、面白いと思った方は是非星やハートをお願いします。
感想も頂けるといただけるとなお嬉しいです。
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