第4話 桜と出会う朝

 次の日の朝、学校に行く時間がやってきた。両親はすでに仕事に出かけ、妹も今日は朝練で早く出た。

 球児は家族で最後に家を出る。ただ一人の居候を残して。


「じゃあ、行ってくるけどきちんと留守番してるんだぞ」

「おいっさー」


 元気に答えるマルルン。家族は犬でも留守番ぐらいは出来ると言っていたが、この妖精はどこまで信頼できる留守番なのだろうか。

 球児はかなり心配だったが、家族が誰も心配していないのに自分だけが心配に悩むなんて馬鹿らしかった。

 もう気にしないことにして笑顔で微笑む少女に見送られて学校に向かう事にした。 




 いつもの同じ道を歩いていると今日は珍しい人を目撃した。

 あの同じ学校の制服を着た見目麗しい少女は丸井桜だ。

 昨日マルルンを見つけた現場で彼女は虫眼鏡を片手に何かを探しているようだった。

 ここでUターンして別の道に行くのも面倒だし、他に人もいないので、球児は気恥ずかしい思いを隠して平然とした大人の顔を意識して道を歩く振りをしながら思い切って話しかけることにした。


「ま、丸井さん!? こんなところで何をしているのを?」


 声が上ずったー。だから人と話すのは嫌なんだ。誰かセーブとロードを現実にも実装して欲しい。

 球児は失敗に後悔するが、幸いにも桜は何も気にせず、朝から可愛い顔を見せてくれた。


「あ、勝田君。この辺りから何か匂う気がするのよね」

「匂うって何が?」

「探偵としての勘が告げるのかな。何か違う気を感じるのよ」

「今度は気と来ましたか」

「勝田君の親は警察官なんでしょ? 何か気が付くこととかない?」

「僕には特に何も感じないかな」

「そう」

「…………」


 気の利いた受け答えが出来ない自分がもどかしい。だけど話せないんだから仕方ないじゃないか。

 桜はそれっきり興味を無くしたような顔をしてしまった。球児は選択肢をミスったと感じたが、特にフォローする言葉が見つからなかった。

 何かあったら教えてねと送られて、球児は学校へと一人で向かう事になった。

 こんな時、リア充なら何か気の利いた話をして一緒に楽しく登校できるんだろうなと思うと、ただもどかしさと悔しさしかなかった。



 キーンコーンカーンコーン!


 学校にいつもの平凡なチャイムが鳴る。朝から彼女に出会えた幸せと失敗した後悔で沈みそうになってしまうが、これから学校だ。

 いつもの平常心で臨もうと球児は姿勢を正す事にする。桜の席は空席だ。まだ調べ物をしているのだろうか。

 もうすぐ予鈴が終わって本鈴が鳴ってしまうのだが……と思っている間にも再びのチャイムが鳴って先生が来た。みんな着席する。

 教壇に立った先生が出欠を取る。それはいつもの光景だったが……


「丸井ー、丸井桜はいないのかー」


 彼女がまだ来ていなかった。今朝の桜は制服を着ていたので学校には来るはずだったのだが、何かあったのだろうか。

 球児が心配している間にも先生は落ち着いた動作でペンを走らせようとする。


「丸井桜は欠席と」

「ちょっと待ってーーー!」


 先生が出席簿に印を付けようとした瞬間だった。勢いよく扉を開けて彼女が来た。


「いますー! わたしはここにいますー!」


 そんな慌てた彼女を見るのは初めてで球児は驚いてしまう。教室がざわめいた。

 みんなの注目を集めて恥ずかしそうに顔を赤らめながら、桜は小走りで席に着いた。そして、先生に言われた。


「丸井桜は遅刻っと」

「ふえええ! それはご勘弁をーーー!」


 慌てて立ち上がる彼女に教室が笑いに包まれて、先生も笑った。


「今回だけだからな。次からはもっと早く来るんだぞ」

「はいいー」


 桜は肩を小さくして席についた。球児は真面目な彼女でも失敗するんだなと思って見ていたが、いきなり振り向いて睨まれた。


「ぎろっ」


 その目はなぜ事情を説明してくれなかったとか時間を稼いでおいてよとか語っているような気がしたが、コミュ症の自分に何を望むと言うのだろうか。

 別に自分は桜と親しい友達ではないし、今回の不思議の事情が無ければ話をする機会も無かっただろう。

 ただ遠くで見ていた存在。自分で思ってて悲しくなるが、それだけの関係だった。




 はずなのだが……今日の授業が終わって放課後、帰宅部の自分は荷物をまとめて早く帰りましょうと鞄に荷物をまとめて立ち上がろうとしていると、なぜか桜が席の前までやってきて話しかけてきた。


「ねえ、勝田君。これから付き合ってくれない?」

「え!? 何で俺!?」


 美少女で友達の多い桜なら他にいくらでも付き合う人がいるだろうに。驚愕と不思議に思って見ていると桜は不満そうに唇を尖らせて言った。


「みんな部活に行くからって断るのよ。勝田君は暇でしょ。いつもすぐに帰ってるんだし」

「うん、確かに暇だけど」


 何か棘の刺さる物言いにムッとしてしまうが、桜を相手に怒ってもしょうがない。それに事実なんだし、自分が悪いのだ。

 桜はただ春の陽気のように微笑んだ。


「なら、決定。今度こそ不思議を見つけるよ」

「うん、まだあれを探すんだ」

「誰よりも早く見つけなきゃね」


 今更だけど強引な誘いに何でこの人を好きになったんだろうと球児は思ってしまうが。

 美少女に笑顔を向けられるのはやっぱり嬉しい物なので、男としては尻尾を振って言う事を聞いてしまうのだった。

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