レプレスタ城内(1) ディアナの隠し事

『妹を心配してくれているのは、ボクにもわかる。でも、今は辛抱してくれ』

 レプレスタ城内では、ノーマンがイクスをなだめていた。


「誰も、コーデリアなど気にしておりませんわ! ワタクシに任せていただいたほうが、事は素早く運ぶのではなくて、と思っているだけですわ!」


『ありがとう。妹を大事に思ってくれて』


「ですからぁ!」

 いい掛けて、イクスは声を潜める。


 何者かが夜中に抜け出す音を、イクスは感知した。


 音を立てないように、そっと二階のベランダから下の庭園へ降りる。


『器用だな』

「伊達に何年もエスパーダなどしておりませんわ」


 忍び足なんてお手の物だ。


 柱の陰に隠れ、動く人影を観察した。


 庭の片隅で、二人の幼い男女が語らっているのが見える。


 ジョージ王子と、ディアナだった。


「やはり」

『キミは、二人の関係を知っていたんだね?』


「ええ。ディアナは、どなたかと文通をしていました」


 文面を覗き込もうとしたら、隠されたこともある。

 差出人は誰かと尋ねても、「転校した元学友だ」と適当にはぐらかされた。

 今まで、姉に隠し事なんてしない子だったのに。


『それで、姉にすら隠さないといけない関係の方だと』

「はい。ディアナは、王子と歳が近いのです。家族でお茶会にも招かれていましたし。そのときには、すでにお慕いしていたのでしょう」


 月夜の下、ディアナと王子はいい雰囲気である。他愛のない会話だが、仲睦まじい。


『キミは、婚約者が不貞を働いて、なんとも思わないのか? ボクが言うのもなんだけど』

「あらぁ? あれだけ愛し合ってらっしゃるんですもの。誰も咎めませんわ。ワタクシでさえ」

『しかし!』

「ワタクシとの婚約は、親が勝手に決めたこと。自由恋愛して、何がいけませんの?」


 自由を手にしたいイクスからすれば、この環境はむしろ好都合だった。

 

 王子は頼りないが、ディアナが安心しているところを見ると、悪人ではないのだろう。安心して、愛する妹を任せられる。


『二人を見守るつもりなんだね?』

「もちろん」


 少しの憂いもない。どうして、あの二人の邪魔ができよう?


 それより、どうにか婚約解消できないか。二人はうまく行っている。楽団などに通わせず、結ばれればよいのだ。


「ディアナ姫。余は、王に余たち二人の関係を話そうと思う」

「いけませんわ。あなたにはイクス姉さまがいらっしゃいます。やはり、姉さまと」

「余が愛しているのは、あなただ」


 王子の心は変わらない。

 若いのに、自分の主張はハッキリと告げる。

 そこはさすが、国を背負う身分と言うべきか。


「お姉様がお嫌いですか?」

「違う。イクス姫も素晴らしい方だと思う。それでも余は、あなたと添い遂げたいのだ」

「ありがとうございます。いつも、そうおっしゃってくださいますね」


 でも、とディアナは告げた。


「父は私がお世継ぎを産めないとお考えです。私のような病弱な女と交際していると知れば、王子を不憫に思うでしょう」


 悲しげなディアナの言葉を聞き、イクスは胸が痛む。


「姫よ、あなたは聡明な方だ。そんな一面を愛おしいと思った。世継ぎなどいなくとも、余はあなたを愛す。あなたのお父上も、きっとわかってくださるだろう」



「ありがたき幸せにございます。でも」


「余に任せよ。きっと不自由はさせぬ」

 王子が、ディアナの肩に手をかけた。


 次の瞬間、ガサガサと草を踏みしめる音が!


「たとえばぁ。側室を設けるとかぁ。いいカンジじゃあん?」

「何者だ⁉」


 王子の背後に三メートルを超す大蛇が現れた。

 上半身が女の裸体で、下半身がヘビの怪人が、ディアナと王子を見下ろす。


「王子!」

「余の側にいておれ!」

 腰を抜かしたディアナを背にし、王子が必死の形相で盾になった。


「こんばんはぁ、王子さまぁ。あたくしぃ、マムシタイプの魔物でぇ、【ラミア】っていうのぉ」

 ラミアと名乗ったマムシ怪人は、しゃべる度に舌を出す。舌は細く、先端が割れていた。


 まさか、コーデリアの予想が当たるとは。


『この場にいて、正解だったね』

「悔しいですが、言うとおりでしたわ」

 もし、イクスもバイクでアロガント方面に向かっていたら、この化け物に誰にも太刀打ちできなかっただろう。


「寝室を襲ってあげようと思ったんですけどぉ、手間が省けたわぁ。さあさあ、あたくしの快楽エキスをぶっ刺してあげるぅ。子種があればいいんだよね? 無責任有精卵大歓迎っ」


 豊満な胸を上腕でギューっと挟み、マムシ怪人はプロポーションをアピールする。


「ふざけるな! 魔物に誘惑などされるものか!」

 怪人を追い払わんと、王子はタンカを切る。しかし、足が震えていた。


「最初はぁ、みんなそう言うのぉ。でもぉ。最後にはみーんな、巻きつきプレイに病みつきになっちゃってぇ、パクって食べられちゃうのぉ」

 体を揺らしながら、マムシ怪人は愉快そうに武勇伝を語る。




「曲者!」

 一人の兵士が、果敢にマムシ怪人へと斬りかかった。



「こぉんな風、にぃ!」

 マムシ怪人の下半身が、兵士の全身に絡みつく。




「ふ、ふぉ。むほぉ」

 鎧の下から蛇の尾に侵入され、兵士はなんとも言えない声を漏らす。全身をまさぐられているのだろう。

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