イスリーブの城

 ラキアスの馬車で、イスリーブの城へ。


「ノアのこと、起こさなくてよかったので?」

「ほっとけ。起きたとしても、どうせ王に無礼を働くさ。寝させておいたほうがいい」


 コデロの問いかけに、ダニーは呆れ顔で答える。


『まあ、いいさ。彼女がいて、オレもベルトの正体をようやく掴めてきた。魔道具というのがどういうものかも』 


 リュートが転生先として選んだ変身ベルトは、魔道具の中でも最高級品だという。有事の時にのみ発動し、武器にも防具にもなるからだ。


『くれと言われても、渡せないが』


 リュートのとコーデリアの魂は、ベルトを通じて共有している。どちらかが死ねば、パートナーも死ぬ。


「それはないとは思いますが、なにか頼み事はあるかも知れません」


 ラキアスが言った直後、馬車が止まった。


 城の内部を、ラキアスの案内で進む。


 王は、ふくよかな男性ながら、清潔感のある男だった。王の間にて、国王は人払いをする。何事だろう。



「あなたが、コウガの正体とは。勇敢な女性と聞いていたが、美しい方だ」

 国王が、コデロの容姿を褒め称えた。


「此度の働き、まことに大儀であった。イスリーブすべての民を代表して、礼を言わせてもらう。感謝する」


「ありがたきお言葉」


「して、コデロとやら。あなたの強さを見込んで、頼みがある」



 彼から、コデロはまさかの依頼を受ける。


「護衛任務、ですか?」

 コデロは、頭を上げた。


「左様だ。余をドランスフォードの墓地まで案内してもらいたい。ご家族の埋葬は済んだのであろう?」


「……は?」

 コデロは、何を尋ねられたのか一瞬忘れてしまう。


「そなたのことは、ラキアスから聞き及んでおる。コーデリア・ドランスフォード王女」


「はっ。もったいなきお言葉」


「顔を上げてくだされ。此度の騒乱、お力になれず」

 王自ら、玉座から立ち上がり、コデロの前にひざまずいた。


「国王陛下。恐れ多きことで」


「いいんだ。本当にすまなかった」

 砕けた口調で、王は頭を下げる。


「我が軍も、ドランスフォードの危機に駆けつけるべきだと主張したんだが、ロデントス伯爵に止められてね」


【デヴィラン】という未知なる戦力を相手に、こちらの兵力をイタズラに削ぐべきではない。ロデントスは言葉巧みに、イスリーブの進軍をやめさせた。


 リュートにも、この地に何が起きたのか容易に想像できる。


「あのとき、ロデントスの言葉を聞かずに攻め込んでいれば、被害は最小限に食い止められたかもしれないのに」


「いいえ。魔物の驚異は未知数でした。もし戦闘になれば、そちらの被害は計り知れないものに」


 イスリーブの方も、内部からデヴィランに侵食されていた。

 放置していれば、恐ろしことになっていたはず。

 王はイスリーブ内側で目を光らせておいて正解だったのだ。


 結果論でしかないが。



「ですが、私はあなたの兄上を手にかけました。魔物と化していたとはいえ」


「いいんだ。遅かれ早かれ、余が兄を殺していたから」


 国王の口から、信じられない言葉が。


「余はずっと、兄の邪悪さを父に訴えていた。しかし、見て見ぬ振りをした。世継ぎが悪と繋がっているという、スキャンダルの発覚を恐れてね」


 結果、兄ヴァージルは英雄として死に、それを隠れ蓑として悪の限りを尽くした。


「余にもっと、勇気があれば」


「陛下、臆病も勇気でございます。陛下の兄上は、もはや人ではありませんでした。人にあらざる存在の抹殺は、このコウガにおまかせを」




「ありがとう。けれど、キミの国を守れなかったのは事実だ。自体が落ちつている間に、ドランスフォードの現状を視察しておきたい。手を貸してほしいなら、言ってくれ」

「恐悦至極にございます。陛下」



「詳しい話は現地で」と、王は出発を急がせた。


『いい人そうじゃないか』

 城を出て早々に、リュートはコデロに語りかける。

「はい。魔力にも、淀みがありませんでした」


 リュートも、王から悪の気配を感じなかった。彼は、良識人である。


「……おや?」

 コデロと入れ替わりで、一台の馬車が入ってきた。


「あの馬車は」


 馬車には、初老の男性が乗っている。耳が尖っていた。あれは、エルフのようだが。



 コデロは、馬車の方へ駆け寄ろうとして、足を止める。


『どうかしたのか?』

「いえ。知り合いの使っていた馬車に、よく似ていたもので」

『親しいのか?』

「特別親しくは、ないですね。声をかけようとしましたが、そういえば身分を隠していたんだと思い直して」


 コーデリアは、死んだことになっているのだ。知り合いに声をかけることさえ、できない。


『すまない、コデロ』

「あなたが謝ることではないでしょ。私が決めたのです。復讐の鬼として生きると」

『早く、衣装を脱ぎたそうだな』

「ええ、やはり、私には戦闘服が似合います」


 女としての喜びも、人の親となって落ち着くことも、今のコデロには興味がないだろう。


 これでいいのかなんて、分からない。


 しかし、これはコデロが自分で決めた道だ。リュートが心配することではない。


「ミレーヌの店に戻りましょう。無性にカレーが食べたいです」

『朝あんなに食ったのに』

「今の私なら、何杯でも入りそうです」


 相当緊張していたらしい。ドレスでお腹を縛っていたのもあるだろう。

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