レプレスタ家

「何度も申しましたわ、お父様! わたくしは、結婚なんて考えておりません!」

 夕食の席で、イクスは父に噛み付く。


 父であるレプレスタ王も負けていない。反論してきた。


「どこまでワガママを言うつもりか、イクス! 我々はそうやって栄えてきたんだ!」


「ですが、権力を得るために、望まぬ縁談を持ちかけるなどと!」

 妹のディアナが、ビクッと肩をすくめた。


「ごめんなさい、ディアナ。驚かせましたわ」

「お姉さま」


 レプレスタ王も、咳払いをして場を落ち着かせる。

「それでイクスよ。数日かけて、どこにいっていた?」


「親友のお墓参りですわ」


「犬でも撥ね飛ばしたか?」


 父は、娘の靴についた僅かな血痕を見逃さなかった。

 しっかりと拭いたはずだが。


「転んだだけですわ。たいしたことはありません」

「ならばよいが。近頃、『エスパーダ』などという仮面の英雄気取りが、冒険者の手柄を横取りしているという」


 父の言うエスパーダ像は、悪評に塗り固められていた。

 夜な夜な近隣の都市や森に現れては、冒険者より先に魔物を退治してしまうとのことである。


 冒険者では歯が立たないモンスターを、力のあるエスパーダが退治しているだけのことだ。

 報酬も、ちゃんと冒険者側に配分している。

 こちらは、自身の強さを証明できればいい。


「お姉さま、わたくしエスパーダのお話、大好きですわ。仮面をつけて闇を疾走し、悪事を働く野盗をなぎ倒すの」

 手を胸の前で組みながら、ディアナが楽しそうに語る。


「ディアナ、お前は身体があまり丈夫じゃないのだから、義賊のマネごとなんてやめなさい」

「お父様」


 こればかりは、父に賛成だ。あまり、妹がエスパーダに憧れても困る。


「そうですわ、ディアナ。幻想の産物です。だからこそ、美しいのですわ」


 あの姿は、ファンタジーだ。人知れず世界を守れれば、それでいい。誰にも気づかれず、闇を葬り去れれば。


「お姉さままで」

「いいから、おやすみなさいませ。愛しいディアナ」


 イクスが、ディアナの額にキスをする。


「はい。ごちそうさま」

 フォークを置き、ディアナはメイドに連れられて寝床へ。


「ではイクス、もうじきイスリーブのジョー王子様がお見えになる。くれぐれも粗相のなきよう」

「クソくらえと、直談判して差し上げましょうか?」

「下品な言葉はよさんか。私の立場も考えてくれ」

「あなたはいつも、自分の都合しか考えてらっしゃらないではありませんか」

「イクス! ノーマン殿下を亡くしたお前の気持はよく分かる。今日も本当は、ノーマン殿下の墓へ言っていたんだろ?」


 確かに、コーデリアの墓の隣にあった。


 が、イクスは花も添えていない。


「そろそろ、前を向く時期なんじゃないか?」

「わたくしは別に、ノーマン殿下を好きではありませんでしたわ」

 我慢が限界に達したイクスは、椅子を蹴って立ち上がる。


「ごきげんよう。おやすみのキスをする気にもなりませんわ」

 早々と、イクスは食卓から立ち去った。


 振り返ると、父が頭を抱えている。




『随分な言われ方だね。ボクのことがキライだった?』

 おどけた風に、ノーマンが尋ねてきた。


「ああでも言わないと、父はまた縁談を持ちかけてきますわ」


 野山を駆け回るのが好きなイクスにとって、家庭に入るのは拷問でしかない。幼き頃から血を見るのが好きの、ケンカ好きだった。男に生まれればよかったと、何度思ったことか。


「それよりあなたのお話を聞かせてくださいな。ノーマンさま。特に、あなたがどうしてこんな姿になったのか」


 部屋着を脱ぎ、イクスは黒の下着姿となった。

 ドレススーツを吟味する。いや、もう軽装でいいだろう。いざとなれば、あの魔道具マギアがある。あれほど軽くて丈夫な強化装甲パワードスーツを、イクスは見たことがなかった。


『ボクは、【仮面の戦乙女】を作る、実験体にされたんだ』

「たしか、【計画を壊すものラーズグリーズ】という作戦名でしたわね」

『腐っても、ボクだってドランスフォードの出身だ。魔法には姉より長けていたからね』


 ドワーフたちは、自分たちの実験を脅かす存在、『仮面の戦乙女』を、自身で飼いならそうとした。そのプロジェクトとして、亡きノーマンの魂が選ばれたのである。


「本来ならば、ボクは【コウガ】の素体として選ばれるはずだったんだ」


 しかし、コウガは敵になった。


「そこでドワーフは、第二のコウガともいうべき、新しい戦乙女を作ることとなった。その素体として選ばれたのが、ボクだ」

「【エスパーダ】、ですわね」

『気に入ったんだね、その名前』


 第二の戦乙女は見事に完成した。 

 が、装着者がいないまま、コウガが襲撃に。

 命からがら逃げ出したドワーフも、イクスの手によって排除された。


「今は、わたくしの腰に収まって……あら?」


 腰に手を当てると、ベルトは腹部にない。服をすべて脱いで確かめると、青い紋章が身体に浮かんでいた。


「普段は、体内に収まっているのですわね」

『あと、これはすごく需要なことなんだけど、本当によかったの? 戦乙女になんて』


 ノーマンからいらぬ心配事をされ、イクスは鼻で笑う。

「遅かれ早かれ、手を出していましたわ」

 イクスは言いながら、いつもの変装を始めた。今日は身軽な乗馬ズボンで。


『ボクの妹が死んで、ヤケを起こしていない?』

「御冗談を」


 最後に仮面をつけて、イクスは窓から飛び出した。

 そのまま、夜の闇に紛れる。

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